*H-book*

□ヒメゴコロ
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-- カタンッ --





ふいに、隣の寝所から扉の開く音が聞こえた。それと同時に強い潮の香りと、微かに混ざる香の薫りが部屋に流れ込んできた。微かに感じる、自分も好きな…香の薫り。
「…翡翠!!」
僅かな期待を胸に、慌てて音のした方へ足を向ける。しかしそこにあったのは、勢いよく開かれた扉だけ…。それ以外の、なにもそこにはなかった。流れ込む潮風。そこから、先ほど感じた香の薫りはない…。
(…何を、期待していたんでしょう…)
僅かでも期待してしまった自分に呆れながら、開かれた扉に手を掛ける。きっと、強い風に押されて開いたのだと軽く溜息を吐き、両手で扉を思いっきり閉めた。バタンッと、扉の閉まる音ばかりが部屋に響き渡る。
ただただ、情けなかった。たった独りの男にココまで振り回されている自分が。傍にいれば、口をついて出るのは悪態ばかり。言いたいことはもっと違うのに。もっと素直に翡翠を受け入れられていたら、こんなにも苦しい思いはしなかったのか、と胸が苦しくなる。
見えない壁が翡翠との間には存在している。その壁が、互いを理解しようとする邪魔をしていることを…幸鷹は感じていた。敵としてでなく、仲間として出逢えていたら…。
決して変わることのない現実に、ふいに涙がこぼれてきた。
「くっそぅ…」
情けなさと、振り回される悔しさと、会えない悲しさが混ざって…心の中に黒い渦ができあがっていく。
「翡翠ー!!」
心に渦巻く黒いものを吐き出したくて、その原因となる名をおもいっきり叫んだ。泣き声とも、叫びとも聞こえる声で…。
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