*H-book*

□ヒメゴコロ
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囁く声は、ただ甘く…
「…幸鷹」
抱きしめる腕は、どこまでも力強く…
「おいで…」
触れるだけの口付けに、心まで温かくなる
「幸鷹…」
与えられる温もりが、あまりにも優しくて
「…愛してるよ」
心が苦しくて、ふいに涙がこぼれた。


この心を絞める、甘く苦しい気持ち…
私には、それを知る術がなかった…





--ヒメゴコロ--







格子越しにやってくる、潮風。静まりかえった室内。
風で乱れた髪をそっと、片手で軽く押される。視線はいまだ、手元に置かれた書物に注いだまま。
ココは伊予に設けられた幸鷹の自邸。静かに、仕事に集中するために人払いがされた屋敷。部屋の中には最低限のものしか置かれていない。書物や巻物が山積みになった棚。仕事をするための机。灯籠。隣の部屋には仮眠用の寝所。
「……はぁ」
書物から視線を離し、軽く溜息をついた。読みかけの書物に紙を挟み、そっと閉じる。長時間同じ姿勢で固まっていた身体をゆっくりと動かす。
「…一体、どうしたのでしょう…」
今日は朝から調子がおかしかった。物事に集中できないでいる。先ほどから書物に書かれた文字の羅列を必死に目で追うが、どうも頭に入ってこない。
机から身体を離し、格子越しに外を見やる。木々のざわめき、潮の香り、穏やかな日差し。今日という日はどこまでものどかで過ごしやすいはずなのに、幸鷹の心中はそれとは違い、まったく穏やかなものではなかった。なにかわからない、モヤモヤとしたものが心を占領し、集中力を削いでいく。
外を見やりながら、幸鷹は今日で何度目かの深い溜息をついた。
…らしくない…と愚痴りながら…。
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