平成幻想録・文
□第20説
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それは八年前の出来事だった。
裏山では銀色の長い髪で狐の耳がはえていて、六本の尻尾がある一人の男が逃げ回っていた。
体中傷だらけで今にも死にかけそなくらいに。
「はぁ、はぁ…(くっそ…もう、ここまでなのか…俺は、ここで死ぬような男なのか…)」
木に寄りかかり、ズルズルと座り込む。
体には力が入らず、ここで朽ちていくのも定めなのだろうと諦めかけていた。
ふと空を見上げると雲一つない青空で、その下で死んでいくのもいいのかもしれない、そんなことまで思っていた。
「おにーちゃん、なにしてるの?」
「…?」
小さな少女に声をかけられたのだ。
男は黙って少女を見た。
その少女は大体七、八歳くらいだろうか…とても無垢な少女だった。
「大丈夫?けがしてるの!?」
「さわ、るなっ」
男に触ろうとしている少女の手を振り払い、さらに睨む。
しかし、少女はそんなものお構いなしに持っていた絆創膏を男に張り付けた。
「お前は、俺が怖く、ないのか…?」
「どうして?どこも怖くないじゃない!」
無垢な少女は頭をかしげてどこが怖いのか本気で考えていた。
男は何も考える気になれずそこにいた。
少女は彼を見て何を思ったのか頭を撫で始めた。
いきなり何をするのかと目を見開き少女のほうを向く。
「何をしている」
「だって寂しそうに見えたんだもの」
「寂しい?…俺が?」
「違うの?」
大きな目をパチパチと瞬きさせ、男を見る。
彼は黙ったまま空を見上げ、そうかもしれないな、と少女に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「おにーちゃんのお名前なんて言うの?あたしの名前は栗栖野愛那!」
「…俺の名前は…ない」
「…え?」
「だからない」
そう言った時少女、愛那は一瞬だけ悲しそうな顔をした。
すると顎を手に乗せ、あちこち歩き回り何かを考え出した。
思い付いたのか嬉しそうな顔で男の元へやってくる。
今度はなんだ、というような顔で愛那を見る。
「…こうた!こうたって名前はどう!?」
「…こうた?」
「うん!太陽のように煌めく!で煌めくに太陽の太で、煌太!」
手を大きく広げて笑顔で言う。
無表情で愛那を見てから空を見上げる。
太陽がちょうど昇ったのかここからでも見えた。
彼女が言うように太陽はキラキラ輝いていて、自分には程遠いくらいだった。
でも…
たまには、そんな風に自分を高くしても、いいのかもしれない。
そう思った。
「煌太、か…俺は、いい名を貰ったな」
「気に入ってくれてよかった!」
フフ、と笑う彼女こそ、太陽みたいだと感じながらフッと笑う煌太だった。
愛那は彼が笑ったことが嬉しくて思わず抱きついた。
びっくりして一瞬固まったが、どうしてかうっとうしくなく、逆に心地よかった。
いつの間にか空が茜色に染まり、愛那が帰る時間となってしまった。
しかし、彼女は煌太にしがみついたまま離れなった。
「…帰りたくない」
「…親が、心配するぞ」
「ママは、病気で入院してるから家にいないし、パパも、旅してるからあまり帰ってこないから、平気だもん」
「それでも、帰った方がいい。俺はここにいるから…」
「…ほんと?いなく、ならない?」
「…あぁ」
煌太がいなくならないと分かると渋々服から手を離した。
愛那は、煌太が見えなくなるまで振り返りながら帰っていった。
一人残された煌太は、立ち上がり空を見上げた。
尻尾をゆらゆらと揺らし、長い髪も風で揺れ、月に照らされる彼はとても神秘的だった。
そして木の枝まで飛び跳ねるとそこに寝転がり目をつむった。
早く、明日になればいいなと思いながら…。
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