短編

□4.Votre levre
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ついに日曜日がやってきました。僕たちは、いつものように寮の前で待ち合わせをして、一緒に遊園地へ向かいます。待ち合わせ場所に5分遅れて到着した彼女は、普段とは違って僕を驚かせました。いつもは自然な髪をふんわりと巻いて、ふわっふわなワンピースに身を包んだ彼女。僕はとっても愛おしくなって、挨拶の代わりにぎゅーってしてしまいました。

そして今は遊園地に入ったところで、僕たちはパンフレットを見ながら、何に乗ろうか相談しています。





「莉音ちゃんは、何に乗りたいですか?」

「うーん…私はね、新しくできたジェットコースター!」


パンフレットから目を離してはしゃぎながら、大きな建物を指さした彼女の瞳は、キラキラと輝いていて。僕はその瞳から目を離せなくなってしまう。


「…?もしかして、那月くんジェットコースター苦手?」

「そんなことないですよぉ、一緒に乗りましょうか」


僕は高鳴る心臓を抑えながら、すっと手を引いて一緒に歩き出した。すると先程まではしゃいでいた彼女が急におとなしくなって何も喋らなくなってしまう。

(恥ずかしいのかな…)


その様子を見て、僕も言いようのない緊張感にみまわれてしまう。手を繋ぐことくらいなんてことなかったのに、遊園地に二人で来て…もしかしたらカップルに見えるのかも、なんて思うとドキドキが止まらなかった。










何分か並んで、ようやく乗ったジェットコースターは凄まじいものだった。ジェットコースターが好きだという彼女でさえも、無意識に僕の腕をがっちりと掴んでいたくらいで。けれど僕は、ジェットコースターよりもそんな彼女にドキドキしていた。


「那月くん…っ!恐かったけど楽しかったね」

「ふふっ莉音ちゃん…僕にしがみついていて、とても可愛いかったですよぉ」


心臓がどくんどくん、と動いているのと裏腹に、僕は余裕で微笑む。すると彼女は真っ赤になって俯いて。僕はそんな様子の彼女の手をひいて、メリーゴーランドに向かった。




「僕、ずっと乗ってみたかったんです」


僕はなんとか"貴女と"という言葉を飲み込んだ。まだ彼女から返事をもらっていないのに、積極的になって嫌われるのが嫌だったから。


「那月くんはメルヘンなものが好きなんだね」

「だって、可愛いじゃないですかぁ…。はい、気をつけてくださいね」


僕たちの番になった。僕は彼女の手を持って馬に乗りやすいように、優しくエスコートをする。僕たちが乗る二人用の馬は、白い馬。まるで童話に出てくる王子様とお姫様のようだった。


彼女は前に座って棒を掴み、僕は後ろから彼女の腰に手をまわした。今にも折れてしまいそうに細くしなやかな腰、それに小さな背中。僕は優しく抱きしめながら、耳元に口を寄せた。


「楽しい…ですね」

「な、那月くん…っ!」


彼女は少しだけぴくっとして、身体を固くした。僕は、そんな様子の彼女が愛おしくて少しだけ悪戯心が湧いて。耳に軽くキスをする。



ちゅっ



「う、うわぁ那月くん…!何してっ!」


あたふたとしだした彼女が馬から落ちないように、僕は腰にまわした腕の力を強める。

(可愛いなぁ…)


「落ちちゃいますよぉ…?」

「那月くんが…悪戯するから!」

「ふふっ莉音ちゃん可愛いっ」






馬から降りると、彼女に真っ赤な顔で怒られた。ぺしぺし、と背中を叩かれて、外で何するのって。僕が、室内ならいいんですかぁ?と問えば、彼女は耳まで真っ赤にしてしまう。



そんな彼女の手をひいて、歩いて行った先は…お化け屋敷。彼女は、お、お化けなんて大したことないよ!と言っていたけれど、実際入ってみたら彼女は僕にしがみついて泣きそうになっていた。僕はそんな彼女を始終ぎゅっと抱きしめていた。

それからパレードを見たり、甘いものを食べたり、僕たちは目一杯遊園地を楽しんだ。空が赤くなってきて、僕たちは次のアトラクションで最後にしようと思った。最後に乗りたいものは………



"観覧車"



二人の言葉がぴったりと重なって、僕たちは夕日のように赤くなりながらも笑い合った。






カタタンカタタン




「夕日が…こんなにも綺麗ですね」


僕たちは観覧車の中から外を見ていた。段々と小さくなっていく建物や人、それらを柔らかに照らす赤い夕日。遠くに目を向ければ、夕日に照らされてキラキラと輝く海の水面が見えた。

真っ正面に座った彼女からの返事がなかった。僕は不思議に思って彼女を見ると、彼女は僕を真っすぐ見つめてから俯いた。


「あの…今日はありがとう」

「それは僕の台詞ですよ。本当に楽しかったです」

「……」


再び沈黙。彼女は何かいいたげに僕を見上げるけれど、また俯いて指を弄りだしてしまう。


「…どうしたの?莉音ちゃん」


少し気になって、僕は彼女の隣に移動した。もしかして、本当は楽しくなかったのか、と嫌なことばかりが頭を過ぎる。


「あ、あの…っ」

「なんでしょう…?」


不安な心を悟られたくなくて、僕は無理矢理に微笑む。そして彼女の口から出た言葉は、僕からしてみれば予想外のものだった。


「す……」

「す?」

「好きでしたっ!」


(でした…?過去形…?)

僕は言葉を失った。どういう意味なんだろう。今日、僕は彼女に対して何かしてしまったんだろうか。それで嫌いになってしまった…?でもそれなら今日までは好きだった…?


「僕…っ!何かしちゃったんでしょうか!」


慌てて彼女の手を握ると、彼女はもっと慌てて首を横に振った。そして俯くと、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「わかったの…。ずっと考えてから…私は那月くんが好きだったんだって」

「だった…今は…嫌い?」

「そういう意味じゃなくて…。告白されたときは、わからなかったけど…今は…前から那月くんが好きだったって…!?」


僕は彼女の話を最後まで聞けずに、ぎゅうと抱きしめていた。今ほど、莉音ちゃんが愛おしいと思ったことはなく、守らなければ、と思ったことはなかった。彼女も、僕の背中にゆっくり腕をまわしてくれて。


「気付いてくれたんですね、嬉しいです…。暖かい…」

「待っていてくれて、ありがとう…」

「いい子で待っていた僕に、ご褒美をください」

「?」




ちゅ




焦がれていた唇に触れられたとき、観覧車は丁度頂点で、光がとめどなく溢れていた。僕は飽きることなく、彼女の熱に酔いしれた。





(びっくり…したよ那月くん)
(ごめんなさい…でも)
(でも?)
(ずっと狙っていたんです、貴女の唇を)




→あとがき
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