短編
□3.Temps avec vous
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僕が想いを伝えてから、もう一週間が過ぎてしまいました。この一週間は、早かったような遅かったような、時間の進みがいつもと違うように感じました。それに、つい最近のテストも、成績が芳しくありませんでした。部屋に帰っても、考えることは莉音ちゃんのことばかり。翔ちゃんに何を言われても、よく耳に入らず、好きな料理をする回数も減りました。
それに…あれから、彼女から避けられているような気がします。目線を向ければ、慌てて俯いてしまうし、話しかけようとすれば逃げてしまう。課題は一緒にやってくれますが、どこかよそよそしいような。
でも、今日こそは彼女に伝えたいことがあるんです。
授業終了のチャイムが鳴り、Aクラスにいた生徒は慌ただしく教科書をカバンにしまう。今日の授業はこれで最後。時計を確認すれば、時刻は午後4時。
林檎先生が帰りのHRをやっている最中も、僕は莉音ちゃんを見つめていた。彼女の帰り支度はばっちりで、挨拶をした途端に急いで僕から逃げるつもりなのだろう。ここ数日見ていれば、わかる。
(あ、目があった)
彼女はぱっと頬を染めると、すぐに俯いてしまう。以前はあんなに、僕に笑顔を見せてくれたのに。
「じゃあ、みんな気をつけて帰るのよ〜ん!ばいば〜い!」
林檎先生の挨拶で、クラスの皆がガヤガヤと立ち上がり、友達と話しながらゆっくりと帰っていく。僕は、カバンを乱暴に持つと、颯爽に走っていった莉音ちゃんの後を追う。
「莉音ちゃん、待ってくださーい!」
「…ごめんなさいっ!」
彼女は、後ろを振り返り僕を確認すると謝ってから、たたたっと駆け出していく。僕は後ろからなおも追う。彼女は可愛らしい女の子で、僕は男。身長も違うから一歩のリーチも違う。だんだんと差が狭くなって…………
角に差し掛かったとき、彼女は大きな荷物を持った生徒にぶつかりそうになって−−−−−
「莉音ちゃん!」
すんでのところで、僕は彼女の腕を無理矢理引っ張って胸へ抱きしめた。
「きゃあっ!」
「大丈夫ですか?怪我はない?」
久しぶりに感じた莉音ちゃんの温もりに懐かしさとドキドキを感じながら、僕は彼女に問い掛けた。じたばたと抵抗するかと思った彼女は意外にもじっと僕の腕に収まったまま。
「あ…りがとう…」
「いえ、貴女が無事なら…僕はそれだけで…」
にこ、と微笑むと、彼女は顔を赤らめて、俯いてしまった。そして、悩ましげにぽつりぽつりと話しはじめる。
「あの、前にも…助けてもらったよね。あのとき、ただただ恥ずかしかったの。でもね、今は…胸がドキドキして、自分でもコントロールできない…私、どうしちゃったんだろう」
(期待、してもいいでしょうか)
僕は、あれから今までの彼女の態度を思い返して、少し気持ちがぽかぽかとした。彼女はきっと、僕のことを"意識"していたのだ。けれど僕は、彼女自身で気付いて欲しかった。僕は…待てる、そう思った。だから、ただ微笑んだ。すると彼女は、申し訳なさそうに言葉を紡ぎだした。
「…なんか、最近…那月くんと目が合ってもドキッとしちゃって、目を反らしちゃうし…なんか…逃げちゃうし…。」
「少し…寂しかったです。でも、もう逃げないで、その気持ちと向き合ってみてください。きっと、わかるはず」
僕がそう言うと、彼女はうん、と大きく頷いて、ぱあっと笑顔を見せてくれた。
そのあと、僕は彼女が転ばないように手をしっかり握りながら、寮まで送ることにした。そのときも彼女の顔は真っ赤で、繋いだ手から緊張が伝わってきた。だから、僕は空いていた片手で、彼女の頭をぽん、と撫でた。
「那月くん…っ!?」
「緊張しないで、いいんですよぉ。僕は僕ですから」
「…っ」
(ますます赤くなっちゃった)
"僕"だから緊張しているのだろうか、そう考えると、一週間胸に抱えてきたものが少し軽くなって。
「あ、そうだ!那月くん…さっき、私を追いかけてきてくれたよね…。用事、まだ聞いてないなって思って」
慌てて話題を変えた彼女に、僕は胸をほっこりさせられながらも、ずっと伺っていたタイミングをもらい、少しドキッとする。
「今度の日曜日、予定はありますか?」
立ち止まって、彼女の目を見ながら問い掛ければ、彼女はちらちらとよそ見をしながら、少しの沈黙の後にうん、と頷いた。
「…何するの?」
「新しい曲のイメージ作りのためにも、一緒に遊園地へ行きませんか?」
「…二人で…っ!?」
「勿論ですよ、僕たちはパートナーなんですから」
僕がにこっと笑いかければ、彼女はますます固まって、寮に着くまで一言も口をきかずにただ俯いて歩いていた。
(…貴女の手が燃えるように熱くて、僕の胸も高鳴った。…彼女といる時間がこんなにも愛おしいなんて)
→あとがき