短編

□なっちゃんが保健体育の先生だったら
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今日の保健体育の授業は、剣道場に集合とのことだった。普段ならば、体育なら体育館、保健ならば教室と決まっているのだが、今日は特殊。私は友人のハルちゃん、トモちゃんと共に体操着に着替えて、早めに剣道場へ向かう。

私は那月先生が大好きだった。それは、同級生なら誰もが知っているかもしれない程有名で、知らないのは本人くらいでないかと専らの噂だった。だから、私は毎週3回あるこの時間が楽しみで仕方ない。


「先生こんにちはー」


ジャージ姿で後ろを向く先生の背中をぽんっと押して、私は挨拶をする。私と先生は、たまに兄妹みたいだねと言われるくらい仲が良い。


「あ、莉音ちゃんだぁ」

「今日は何するんですか?」

「今日はですねぇ、救命処置の方法について勉強しますよぉ。実技でね。だから畳の部屋集合なんです」


ふふっと笑って、私を見つめる先生。私は、この日だまりのような暖かい微笑みが本当に好きで、那月先生のような優しい先生になりたいと願う程だった。












段々生徒が集まってきて、授業開始のチャイムが鳴る。私はそのチャイムを聞いて、ハルちゃんとトモちゃんのいるところへ戻り体育座りをした。そこへ、先生が歩いてきた。


「今日は救命処置について勉強します。まずはこのプリント、見てくださいねぇ」


そしてプリントが配られる。那月先生が配ってくれたプリントには、こと細かに救命処置の方法が載っていた。イラスト付きでとてもわかりやすい。私はそれをさらーっと見ると、那月先生に目を移した。

那月先生はプリントを配り終えたことを確認すると、私の目の前に座ってプリントを見ながら一つ一つ解説していく。しかし私の耳には全く入らない。

(先生…睫毛長いな、そして綺麗な瞳)


プリントのページが変わっても、私はページをめくることすらせずに、ひたすら先生を見つめていた。すると、ふっと顔をあげた先生と目が合ってしまう。


「…結城さん?何か質問がありましたかぁ?僕の顔じっと見て…」

「あ、いやなんでもない…です」


事情を知っているであろうクラスメートが、くすくすと笑い出す。私は赤面しつつ、プリントに目を落とした。しかし、どうしても先生が気になってちらちらと先生を見てしまう。

(あっ…また)


その度に目が合って、にこりと笑ってくれる先生。プリントの説明が終わると、先生は何かを言って私の腕をそっと掴み、いきなり押し倒した。


「えっ!ちょ、先生?」

「救命処置の見本、ですよぉ。今から貴女は僕に救命される人ですから、大人しくしていてくださいねぇ」


そして私は、にこりと笑う先生の前に無防備に横たわっていた。先生は大好きだけれど、少し緊張してドキドキが止まらない。


「まずは、反応を確認してくださいねぇ」


そんな私の心臓の心配をよそに、先生は着々と授業を進めていく。最初は近くに座っている先生に、耳元で大丈夫ですかぁ?なんて言われながら肩を叩かれる。

(…全然大丈夫じゃないです)


「反応がなかったら、助けを呼びましょう。そして周りにいた人に救急車を呼んでいただいて、僕は彼女の気道を確保します」


先生はそう言うと大きな左手を私の額に乗せつつ、右手の人差し指と中指を顎に当てて、くいっと上げた。先生の手が私に触れているだけで、私は救命されるどころか心臓が止まりそうだと感じる。


「次は呼吸の確認です。ここでは、彼女が正常な呼吸をしていないということで、人工呼吸に進みますねぇ」


(じ、人工呼吸…!?キスされちゃうの!?)



にわかに、クラスメートの囁きが大きくなったように感じる。女子がきゃーきゃー言って、男子はマジかよ、と驚きの声。私はビクビクしながら、先生を見つめる。

(さ、流石にしないよね…先生だもんね)


しかし私の期待を見事に裏切り、先生は額に乗せていた左手を私の鼻へ持っていて摘んだ。そして顎を上げて気道を確保したまま、先生の唇が迫ってくる…


柔らかい感触に、生暖かい先生の唇。そして先生の吐息が私の中へと入ってくる。

(もう…ダメ)




恥ずかしさで気絶する寸前、先生の唇が離れた。私は顔が赤いのを自覚しながら、はぁはぁと肩で息をする。先生はそんな私を見て、少しだけ笑った。


「次は心臓マッサージですねぇ。胸の真ん中…より少し左に手を置くんですよぉ」


先生の手が谷間の辺りをすっと触れる。そして左胸に手が置かれた。私は、先生が変な意味でしているわけではないと頭ではわかっていながらも、ドキドキしてどんどん熱が上昇する。


「大事なことは強く、速く、絶え間なく、ですよぉ。これを30回したら、人工呼吸2回、という順番でします」


(えっまた人工呼吸…!?)



心配になって先生を見上げれば、大丈夫ですよ、と私にだけ聞こえるように優しく諭す。そしてふふっと笑って、心臓マッサージをし始める。

それから手が顔へ触れ…先生の顔が近付いてきた。

(大丈夫、先生を信じ…!?)



二度目のキス。二回目に入ってきたのは吐息ではなく、舌だった。熱くて、刺激的な…それでいて溶けるような甘いキス。私は先生の想いに答えられずに、意識を手放した。












私が目を覚ますと、周りは真っ白だった。私はどうやら保健室に運ばれ、布団で寝かされているよう。周りはカーテンで閉めきられ、何時なのかもわからない。

私がカーテンを開けようと、カーテンに触れたそのとき…


「莉音ちゃん、大丈夫ですかぁ?」


心配そうな那月先生の顔がひょこっと現れて、私はうろたえながら伸ばした手を引っ込めた。そして先程のことを思い出して、顔に熱が集まる。


「だ、大丈夫じゃないです」

「そんなに…僕のキス良かったですかぁ?ふふっ」


先生はさっとカーテンを開けて入ってくると、またさっとカーテンを閉めた。狭い空間の中で二人きり。ギシ、という音がして先生は私の顔の横に腕を置いた。


「やめてくださ…」

「真っ赤ですねぇ、可愛いなぁ」


髪を梳いたり頭を撫でたりしながら、先生は私を見つめていた。優しい瞳、優しい表情…それが今までは私を安心させてくれていたが、何故か今は胸がざわつく。


「あの、那月先生…」

「好きですよ、莉音ちゃん」









(だから、さっきの続きしませんかぁ?)
(えっ!?……んっ)



→あとがき
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