短編
□なっちゃんが家庭教師だったら
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「先生…」
「なんですかぁ?」
「それ、私のぴよちゃんなんですけど。そんなにぎゅうっとしないでください」
今、私の部屋には私と、家庭教師の四ノ宮先生がいる。四ノ宮先生は机に向かっている私には興味がないのか、私のベッドに座って、私が寝るときに使うぴよちゃんの抱き枕にぎゅうっと抱き着き、頬ずりをしていた。
「ええっ!」
「ええっ!…じゃないですよ。英語教えてください」
すると先生は私をベッドから見つめながら、爽やかに微笑む。私は知っている、この笑みを。優しいと思っていたこの表情には、裏があったのだ。
「わからないことは、まず自分で調べなきゃ駄目ですよぉ」
(調べてもわかんないから聞いてるっつーの)
心中で愚痴りながらも、私はとりあえず分厚い参考書を開いてそれらしきところを探してみる。先生は、ぴよちゃんを抱きしめながらひたすらその様子を見つめている。
「…うーん」
私は正直お手上げ状態で、先生を向いて首を傾げる。これが、本当にわからないときのお決まりのポーズ。
「可愛いっ!」
先生はすかさず携帯を取り出し、その一瞬を写真に収める。初めの頃は驚いたが、もう注意する気力もないし、慣れてしまった。
「…早く教えていただけませんか」
「ええっと…ああ!ここですね」
先生はぴよちゃんをベッドに置くと、私の隣へやってきてノートを覗き込んだ。そして、耳元で解説をし始める。
「莉音ちゃん、ここは…こうなって…だからこうなるんですが…」
先生は解説をするとき、いつも顔が近い。そして故意ではないかと思うくらい、吐息混じりに解説をする。勿論、先生の腕は私の肩にかかっていて。この時ばかりはいつも、先生のスキンシップには一生慣れないだろうと思っている。
「…ち、近いですよ」
「そうですかねぇ…ですが、せっかく解説しているんです。しっかり聞かないと駄目ですよぉ?素敵なお耳がついているんですから」
ちゅ、と軽いリップ音がして、私は耳元にキスをされてしまう。私が赤面してそっぽを向けば、先生の手が頬に伸びてきて、くいっと顔を向けられる。そして先生は、ふわりと笑って頬にもキス。
「話、ちゃんと聞いてくださいねぇ?悪い子にはお仕置きですよぉ」
「き、聞きますから!離してくださいって…!」
「照れてるんですかぁ?可愛いなぁ、莉音ちゃん」
離してもらうどころか、むしろぎゅうっと抱きしめられて、身動きもとれなくなってしまう私。そして頭にもキスをされてしまう。私はいてもたってもいられなくなって、ジタバタと暴れる。すると、机の上に乗っていた参考書、ノート類がバサバサと音を立てて落ちた。
「ああっ…!今拾いますねぇ……ん?」
「あ!先生それは見ちゃだめ!」
先生が私を離して、ノート類を拾おうとしたそのとき、先生はノートから出てしまったらしい一枚の紙を見て顔をしかめた。そして私はそれを隠そうと手を伸ばしたが、ひょい、とかわされてしまう。それから先生は眼鏡をくいっとあげて、ニコッと私に笑いかける。
「…これは、いつのテストですかねぇ、莉音ちゃん」
「!! あー、いつだったかな…あはは、忘れちゃったみたいなのできっと結構前…」
「あっ日付見ーっけ!…丁度先週ですか。あれ、先週も僕との授業ありましたよねぇ?」
とても不思議そうに首を傾げる先生に、私は冷や汗をダラダラと流しながら頷いて答える。この無邪気な表情が1番怖くて、声を発することもできない。
「…僕に見せてくれませんでしたね、これ」
29点と大きく書かれた紙をひらり、と私に見せてにっこり笑う先生。このテストは勿論百点が満点。この状況に耐えられず、私の口は思わず言い訳を発していた。とりあえずこの場をしのぎたい、その一心で。
「えっと、あの、そう!今日、今日の最後にでも見せよう…かなって…!」
「へぇ、そうなんだぁ!でもさっき、見ちゃだめ…って言ってましたよねぇ?」
「き、気のせいですよきっと…あははは…あ、先生!もう時間です!終わりにしましょう」
私は大袈裟に部屋の時計を指差すと、下に落ちたノート類を拾おうと屈み込む。そしてノート類を持った直後…
バサバサバサバサ
焦ってバランスが取れず、うまく持てなかったノートからは、赤点だらけのテストが全て出てしまった。私の緊張はMAX。もう、先生の顔が見られません。
そんな屈み込んだままの私の隣に、先生はしゃがんで私の肩をガッと掴んだ。そして、私を動けないように固定すると、耳元で恐ろしいことを呟く。
「莉音ちゃんは…特別補習が必要みたいですねぇ。今夜は僕の家で、徹底的にやりましょうかぁ。…全て、貴女の身体に刻みこんであげます」
そして耳にちゅっとキスをした先生の眼鏡が、キラーンと光った気がして、私は肩をがっくりと落とした。
(今夜は絶対に寝かせませんからねぇ)
(ご、ごめんなさーい!)