短編
□那月と砂月がシスコンだったら
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「四ノ宮先生!あの…少し相談が…」
「うん、なんでもどうぞ」
早乙女学園作曲家コース卒業生、四ノ宮莉音。今私は、早乙女学園OGの講師という形で在校生へ指導をしていた。丁度二ヶ月が経ったくらいだろうか。そのような講師がそもそも多くはないため、生徒たちにすぐに顔を覚えられた私は、休み時間や放課後になればすぐに生徒が私の元へやってくる。
年齢が他の先生より近いせいか、作曲の相談は勿論、人間関係や恋愛相談など様々なことを私に聞いてくれる。
「実は…」
今日の放課後、まず私の目の前に座ったのは可愛らしい女の子。ちょこん、と座って指をもじもじと動かしている。
(…これは、大方恋愛相談だわ)
「私…恋愛禁止令を破ってしまいそうなくらいに好きな人が…」
「うん、」
「でもその人の周りにはいつも女の人がいて…」
ああ、神宮寺レンか。その情報だけでもすぐに分かってしまう程、女泣かせで有名な神宮寺レン。彼はとにかくストライクゾーンが広いというか…女の子なら誰でもいいと思っているのか…とにかく年上の私にまで口説いてきたのには驚いた。
「私、悪いことは言わないから…あの男だけはやめなさい」
「でも…」
「あなたが傷つくだけ。それでも気になるのなら、想いを全て伝えてくるの。そしたら結果はどうであれスッキリする」
私が強く頷けば、女生徒は軽くお辞儀をして私の前から去っていく。本当に可哀相な女の子、と思いつつ彼女の背中を目で追っていた私は、続いて入ってきた生徒に気が付かなかった。
「おい、姉貴」
慌てて目を戻すと、目の前に座っていたのはふわふわした髪と視線の鋭さのギャップが印象的な我が弟、砂月だった。
「学校では先生と呼びなさい」
「姉貴」
彼は視線も表情も変えずに、"姉貴"と復唱をする。相変わらず性格が悪い。何度注意しようとも、彼は私を先生と呼んだことはないし、もう片割れの那月も同じだった。
(ナメてるのかしら…)
「那月が寂しがってるから、今日寮に来い。いいな」
「無理。仕事がまだ残ってるの」
私がつん、と横を向いて拒絶の意を伝えると彼は私の肩をぐっと掴んだ。そして彼は立ち上がって、空いた片手で私の顎をくいっと上げさせた。
「来い、て言ってんだよ。」
「それが人に頼む態度?」
彼に負けずに鋭い視線でキッと睨めば、彼ははぁと溜息をついてまた椅子に座った。そして髪をくしゃっとして、頭を抱える。
「…なら、せめて教室に来い。まだ那月は残ってるはずだ。いいな」
そして彼は足早に立ち去って行く。相変わらず彼は那月のことを気にかけすぎている気がする。砂月の方が一応弟であるはずなのに、何故こんなに那月に対して過保護なのか私はいつも不思議に思っている。
私もはぁ、と溜息をつくと普段の3倍速で仕事を片付け始める。なんだかんだで弟が気になる私も、病気なのかもしれない。
仕事を早々に終えた私は、Aクラスの教室のドアを開ける。そこには7人の生徒たち。テストが先週終わった今、彼らはだらけきって放課後の教室でトランプをしていた。といっても、砂月は那月のフォローをしているだけにしか見えないのだが。
「あ、姉さあああああん!」
ドアを開けた瞬間、那月と目があった。するとトランプを投げ捨てて、一目散に私の元へ駆けてくる那月。しかも彼は加減を知らない。体格差があることも気にせず突進してくるものだから、勿論私は彼を受け止めることなどできなくて−−−
「きゃああああああっ!痛…い」
そのまま彼に押し倒されて、頭をぶつけてしまう。しかしそんな私に気がつくわけでもなく、彼は騒ぎながら私から離れずただぎゅっと抱き着いていた。
「那…月、離れなさい…!」
「姉さんだーい好きっ!ぎゅーっ」
「ふっ…シノミーはなかなか大胆だ。」
神宮寺くんは抱き着かれて動けない私を見下ろし、ウインクをする。そして、すっと腰をおろすと、めくれたスカートから外気に晒されている脚を撫でた。
「やっやめなさい!」
「怒った顔も素敵だよ、レディ…」
「姉貴に触れるんじゃねえっ」
パシン、と音をたてて神宮寺くんの手をはたいたのは砂月だった。そして鋭い表情で彼を退かせると、那月を私から剥がしてくれた。
「姉貴、気をつけろよ…こんな男なんかに!」
「さっちゃんも姉さん大好きだもんねぇ」
にこっと那月が砂月に笑いかければ、彼は何も言わずにそっぽを向いてしまった。しかし彼の耳が真っ赤に染まっているのを見て、私の心はほっこりする。
(相変わらず不器用なんだから)
「それにしても、四ノ宮先生のセンスには脱帽します」
「あっトキヤもそう思う?俺も四ノ宮先生大好き!」
「俺も!…しっかし那月や砂月と姉弟には見えねーよな」
HAYATOによく似ている一ノ瀬くんに、真っ赤な髪が印象的な一十木くん、それに帽子がトレードマークの来栖くんが私と弟をじっと見比べる。
「そうだな。…だが、その綺麗な瞳は似ている気がする」
聖川財閥のお坊ちゃんが私の瞳をじっと見つめる。その横から神宮寺財閥の女泣かせが、私の頬をさらりと撫でて、顎をくいっとあげた。そして間近で目と目を合わせる。
「ほう…本当に綺麗だね、レディ。その瞳に吸い込まれそうだ…」
「おい、手を離…」
「ごめんね。私、年下には興味ないの」
砂月の手が出る前に、私の口からぴしゃりと拒絶の意を伝えれば、彼はそうかい、そりゃ残念と呟いて手を降ろした。
その様子を見てホッとしたらしい砂月は、那月と私の腕を無理矢理に引いて教室から出ていく。そして、誰もいない教室に入ると私を少しだけ抱きしめた。それは一瞬のことで、私が気がついたときには耳を真っ赤にした砂月が後ろを向いていた。
「ふふっ、さっちゃんはやっぱり照れ屋さんだぁ」
「…」
「たぶんさっちゃんは、姉さんが大好きだから我慢できなかったんだね」
那月は楽しそうに砂月の肩をぽんぽん、と叩いて私の方を向き、にこりと笑った。
(あれ、なんだか那月がお兄さんみたい)
「ねぇねぇ、姉さん…膝枕してほしいなぁ」
砂月の元から離れて私のところへやってくると、床にぺたりと座って懇願するように私を見上げる。私より背が高い弟から見上げられる経験が少ない私は、胸がきゅんと疼いて、気がつけば座っていた。
「し、しょうがないなぁ」
「わーい!」
嬉しそうにはしゃいで、勢いよくごろん、と私に寝転んだ那月はよく懐いた猫のようだった。私が彼に笑いかけながら、頭を撫でてやっていると、ふと砂月の視線に気がつく。私が彼と目を合わせようとすると、彼は視線をそらし、私が那月を見ればまたこちらを見る。
「なーに、さっちゃん…」
「いや、なんでもない」
私が話しかければ、私たちに興味はないとばかりに窓の外を眺める砂月。相変わらず素直じゃないなぁ、なんて思いながら、私はもう一度彼を呼んでみる。
「さっちゃん」
「なんだよ」
「こっちおいで」
「なんで俺が行かなきゃならないんだよ」
「私がこっちに来てほしいの」
すると彼は少し驚いた顔をして、すぐにふっと笑うとしょうがねぇな、と言って立ち上がった。そして私の隣に腰をおろす。それから私の肩へと頭を乗せた。
「さっちゃん可愛い」
「姉貴、ちったぁ黙れ」
そう言いながらも、砂月はふわふわした頭を私の肩に乗せて、まどろんでいた。夕陽が窓に差し込んできて、とても気持ちいい。私は砂月の頭も撫でながら、ゆっくりと目を閉じた。
(ふふっ姉さん、寝ちゃったね)
(ったく…俺の胸の中で寝るとは…)
(さっちゃん、嬉しいんでしょう?僕知ってるよ)
(那月…黙れっ…!)
(顔、赤くなってるよぉさっちゃん)