短編
□なっちゃんが弟だったら
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「久しぶりだなぁ」
広い校舎に、感性が磨けそうな広い庭。この庭には植物が多く自生し、動物だっている。勿論綺麗な水をはった湖も、私がいた数年前となんら変わりはない。
早乙女学園の中を懐かしいと感じつつ歩き回って、私はようやく寮へとやってくる。今日は弟の部屋へ寝泊まりするつもりでいたが、彼には何も告げていなかった。恋愛禁止令がありながら、もし彼に彼女がいて彼女を連れ込んでいたらと思うと姉心が少し疼いたが、私は気にせず呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン
がちゃ、と扉が開いてそこに現れたのは金髪の可愛い少年だった。彼が那月の同居人なのだろうと私は判断すると、ぺこりと頭を下げた。
「お世話になります」
「えっと…どなたでしょ…うわあああっ」
「姉さああああああああんっ!」
部屋の奥からドタドタと走る音がして、金髪少年が押しのけられ、気が付くと私は那月にぎゅっと抱きしめられていた。昔から姉離れできない弟に、私は少し安心して頬を緩める。
「姉さんっ!姉さんだーい好き!」
「ええっ!?お前の姉さんなの?」
後ろで金髪少年が驚きの声をあげた。そして、なかなか離れない私たちをそのまま部屋へと押し込み、ソファーへと座らせる。
「姉さん!僕に会いに来てくれたの?ああっ僕嬉しいっ!」
「もう、那月ったら…ごめんね、那月は昔からこうで…」
「ああ…俺もよく分かってるよ、那月によく抱き着かれるからな」
私は那月と、翔と名乗った金髪少年の間に座り、那月に抱き着かれながら紅茶とクッキーを楽しんだ。時計を見れば、時間は午後5時。
「さて、じゃあ今日は私が夕飯を作ろうかな」
私が立ち上がると、那月と翔くんも同時に立ち上がってそれぞれ違う表情を見せる。那月は嬉しそうに、手伝います!とエプロンを装着し始め、翔くんは顔を真っ青にして私を見つめていた。
「どうしたの?翔くん」
「あ、いや…莉音さんは料理得意なのかな、と…」
「まぁ普通ってとこ。うまくもなきゃ下手でもないと思…」
「姉さんの料理は本当に美味しいんですよ翔ちゃん!」
瞳をキラキラさせて私の両手を掴むと、そのまま私の手にキスをした。そして目をつむって語り出す。
「姉さんの手から創りだされる物は、本当に素敵なんです。曲も、料理も…」
「作曲もするのか!?」
「一応作曲家コース卒業なの。」
そう言うと、翔くんは私を見てキラキラとした瞳を見せる。そして那月の手を払って私の手を掴むと、あとで聴かせてくれ!と頼み込む。すると那月はぎゅっと私を抱きしめて、翔くんから遠ざける。
「だーめ翔ちゃん、僕の姉さんだよ」
「ああ、わかったよ!このシスコン!」
「気持ちは嬉しいけどね、なっちゃん。料理は手伝わないでいいから…ねっ」
そう言って私が那月の背中をぽんぽん、と叩くと彼は少ししゅんとしながら近くに置いてあったぬいぐるみを抱きしめる。翔くんは、ふぅと息をついた。
「久しぶりの姉さんの料理、美味しかったです」
「料理上手いんだな!」
私は二人に褒められて、鼻唄を唄いながらキッチンで後片付けをしていた。すると那月がふらーっとこちらに来て後ろから抱きしめる。
「姉さん…ぎゅー」
「那月、邪魔」
「充電だよぉ…姉さん」
そのまま離れようとしない那月は、少し黙ってから寂しげに私の耳元に口を寄せる。私は驚いて皿を落としそうになってしまった。
「ずっとここにいて…ねぇ、いつ帰っちゃうの?」
「明日の昼頃かな、明日休日でしょ?」
「うん…」
私の腰にまわされた腕が、強くなったのを感じると同時にふわふわした髪が私の肩に乗ったのを感じた。相変わらず、寂しがりやで甘えん坊な弟に、つい私は後ろを振り返って、背伸びをしながら頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わぁい!姉さん大好きっ!ねぇねぇ、久しぶりに一緒にお風呂入ろうよぉ」
彼はぱぁ、と表情を明るくすると、私を見つめてぎゅっと抱きしめた。そして頬にキスをする。
「姉さんの背中、流します!」
「ごめん、流石に無理」
「なんで、なんでぇ?」
彼は切なそうに、そして不思議そうに首を傾げ、困惑した表情を見せる。たぶん、この天然記念物はどう説明したって理解してはくれないんだろうと思って、私は絶望した。
なんとか翔くんに那月を抑えてもらいながら、無事に私はシャワーを浴びることができた。そして今、私は那月の布団に潜り込んでいる。
「今日はぬいぐるみさん、邪魔ですねぇ」
たった今上がったばかりの那月は、ぴよちゃんのパジャマを着てベッドの上のぬいぐるみをソファーの上へ移動させる。その中に、私の見覚えのあるぬいぐるみを見つけた。そして意図が通じたのか、彼はそれを手にとった。
「あ、それ…」
「姉さんからもらった初めてのぴよちゃん、汚くなっちゃったけど…僕の宝物なんだ」
1番薄汚れた少し小さめのぴよちゃんぬいぐるみを、彼はぎゅっと抱きしめた。そしてぽつりぽつりと話し始める。
「僕、覚えてるんだ。まだ僕が小さかった頃…姉さんの方が背が高くって…」
「うん」
「それでまだヴァイオリンをやっていた頃に、初めてコンクールで優勝したんだ」
「そうだったね」
「そのとき、姉さんが貯めたお小遣いでぴよちゃんを買ってくれたんだよね…それにあのときはもっとぴよちゃん、大きかった」
私も覚えていた。コンクールで優勝したというのに彼はあまり喜んでいなくて、そして私はなけなしのお小遣いでぴよちゃんを買ったのだ。彼は、ぴよちゃんのぬいぐるみを抱えて、嬉しそうにしていたっけ…。そう、まだ彼が小さかったから、ぴよちゃんはとても大きく見えた。
「那月、大きくなったね」
そのぬいぐるみをソファーに丁寧に置くと、彼は布団の中へと入ってきた。私は彼をぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてやる。
「姉さん、もっとぎゅってして…?」
「じゃあなっちゃん、こっちおいで」
昔のようにあだ名で呼ぶと、那月は嬉しそうに私の胸へと頭を預けた。そしてぎゅっと私の腰に腕をまわす。私は頭をわしゃわしゃと撫でながら、鼻唄で自作の子守唄を唄う。
「姉さんの匂い…変わらないね、それにその曲も…」
「なっちゃん、いつも夜が怖いって言って眠れなかったからね」
「もう眠れるよぉ…姉さん…」
「そっか、それは安心」
言葉ではそう言いつつも、少しだけ胸に痛みが走ったのは、私も弟離れができていない証拠だった。私は何故か寂しくなって、更に強く抱きしめる。
「好きだよ…姉さん…だーい好きぃ…」
「ありがとう、なっちゃん。私も大好き」
頭を上げて、私を見つめた那月があまりにも可愛くて愛おしくて、私は思わず額にキスをした。すると彼はくすぐったそうに笑って、お返しにと頬にキスをする。
(ずっとここにいてね…。姉さん、おやすみ…)
(うん、おやすみ…)