短編
□4.関係ないだろう
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「くそっ」
俺はレコーディングルームから早足で遠ざかっていた。まだ学校に残っている生徒に、肩がぶつかっても謝りもしない…いや、できない程に余裕がなかった。
何故アイツはあんな事を言った?アイツはとんだ勘違いをしていることに気付いていない。俺はずっと莉音が那月に向けていた笑顔を知っている。その度に俺はアイツを警戒し、そしていつの間に…。
この感情はなんなんだ!俺には莉音を好きになる権利はない。ないんだ!それなのに…俺の心臓は激しく動き、胸が張り裂けそうだ。しかしこの感情は抑える必要がある…おい、俺は那月の汚れ役だろう?この感情とは関係ない。
自嘲気味に笑い、俺は足を止めて壁に手をつく。そして頭を落ち着かせる。
「…くっ…那月…」
那月の声が聞こえてくる。今は那月のどんな言葉も聞きたくなかった。莉音が…愛した男の言葉など!
『さっちゃん!今すぐ戻って』
『何故だ。その必要はない!』
那月の悲痛な叫びが心を刺した。こいつも、莉音に惚れているだろう。晴れて両思いということか、めでたい。…めでたいと思え砂月。自分自身を抑制しながら、それでも俺は那月に身体を渡す気にはなれなかった。
『さっちゃんも、莉音ちゃんが好きなんでしょう?僕は知ってるよ』
『黙れ…黙れ那月』
『自分の気持ちに素直になって、さっちゃん。だから、戻って彼女をぎゅーってしてあげて』
『俺は那月の…』
『そうだったかもしれない。だけど今、さっちゃんは一つの人格なんだよ。僕はさっちゃんが大好きだし、消えてほしくない。だから…』
『だが、お前はどうなる?これはお前の身体でもあるんだぞ』
『うん、でもさっちゃんの身体でもある。時間を分けっこすればいいんだよ。僕は構わない、僕の時間が減っても…。だから早く戻って、彼女が待ってる。僕は二人を応援するから、ね』
『お、おい那月!』
那月の声がそれきり聞こえなくなって、俺の足は無意識に動いていた。行き先はレコーディングルーム。はぁはぁ、と息を切らしながら、それでも休憩する時間も惜しい程に莉音を早く感じたかった。
長い廊下を走り、途中で誰かに罵倒されながらも気にせず走った。行きは短かったのだが、帰りは酷く長いように感じた。
バタン
勢いよくレコーディングルームに入ると、涙を溜めた莉音が俺を向いて弱々しく何かを告げた。しかし俺はそれを聞き取る前に、莉音を腕いっぱいに抱きしめた。
「莉音…莉音…」
初めて感じる莉音の感触。俺の腕に収まるほど小さくて、弱々しくて、それでいて温かい。もう離したくはなかった。
「…砂月く…ん?」
莉音の戸惑った声がして、俺は腕の力を弱めた。そして莉音の頬に流れている滴を指先で掬い、涙でぐちゃぐちゃになった莉音を見つめる。
「好きだ…好きなんだよ莉音。だからもう…泣くな」
「無…理ぃ………ふえぇ…」
莉音の瞳からどんどんと涙が溢れて、俺はたまらず抱きしめてやる。小さな身体が小刻みに震えていた。
「砂月…くんの馬鹿ぁ…私は最初っから…砂月くんが好きだって…ぐすっ」
「…悪かった、だからこれで…許してくれ」
そうして俺は触れたくて、求めてやまなかった莉音の潤った唇へ自身の唇を重ねた。柔らかく、蕩けてしまいそうな感覚。そして優しく、莉音の中で舌を絡めた。
(…ん、しょっぱいぜ)
(はぁっ…砂月くんが…泣かせたからだからね!)
(ならもっと甘くしてやるよ…んっ)