短編
□3.勘違いするなよ
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今日の放課後はレコーディングルームの予約がとれたので、私は砂月くんとそこで待ち合わせをすることになっていた。私はセッティングをするため、機材の前にあるイスに座る。
朝、あんなことを言ってしまってから、私は胸のドキドキが止まらずにいた。現に今も、とくんとくん、と狭いレコーディングルームの中で私の鼓動だけが響いている。本人がいなくても、激しく動く心臓。彼が練習に来たら、私はどうなってしまうんだ。
ガチャ
「ひいぃっ!」
「おい、何びびってんだ」
待ち合わせの時間より、5分早い。私は心の準備ができていなくて、すーはー、と深呼吸を繰り返した。彼が不思議な顔でこちらを見ていることは気にしない。気にしたら…今にも卒倒してしまいそう。
「おい、莉音?」
そんな私の努力も虚しく、彼は近付いて私の顔を覗き込む。そして、なんとなしに額に手を当てる。その時点でもう私はノックアウト。
「熱あるんじゃないのか?…おい、聞いてんのか莉音」
かろうじて、かくかくと首を縦に振ると彼はふっと笑って、変なヤツ、と呟く。そして、ブースへと入って行った。
「はぁー」
「溜息つく暇あったら、早く曲流せ」
「わ、わかってるよ!」
距離が離れて、少しだけ気持ちが楽になった私は慌てて機材を操作し、自らの曲を流す。私は操作を終えると、ブースの中の彼を見つめる。
真剣な表情をしつつ、少し余裕があるかのように、音楽自体を楽しんでいるかのように歌う砂月くん。声も普段よりも伸びていて、迫力がある。けれど、その中には繊細さもあって…輝いている。
今はこうやって、パートナーとして傍で練習ができるけれど…彼が手の届かないところに行ってしまいそうで怖かった。その前に、きちんと気持ちを伝えたい…。
「…お前の感想は?」
いつも最初にしている曲の通しが終わって、彼はブースから出てきた。そして近くの椅子に座って、私が用意しておいたペットボトルのお茶を飲む。
「…えっと、いつもより光ってた」
「はぁ?」
私が思ったありのままを口に出すと、彼は口をぽかんと開けて間の抜けた声を漏らす。
「輝いてた、ていうか…えーと、本当のアイドルみたいだった…というか」
すると彼は急に立ち上がって、私の頭をぽん、と撫でるとそれはそれは小さな声で、ありがとよ、と呟いた。
「…俺は言いたいことがある、その…お前に」
「え、な、何?」
肩に手を置かれて、私の後ろから砂月くんは楽譜を眺める。そして少しの沈黙の後、すぅーっと息を吸う。私はその瞬間、心臓が止まるかと思った。
「好き…なんだよ、お前の曲。…だからここと、それからここ、ついでにこの音をもう少しなんとかしろ、わかったか?」
「あ…うん…わかった」
砂月くんの馬鹿…けれど、それ以上に期待していた自分が馬鹿というか、恥ずかしいというかで顔が真っ赤になる。そしてそれを隠すために言われた箇所に、次々に印をつけた。
「しかし、お前…よくこんなに俺に言われてめげないな」
「…だって、それは…」
「ふん。毎日のようにけなされているのにな」
私は胸の中から溢れ出す想いを止めることができなかった。どうなったっていい、だけど伝えられないで諦めることだけは嫌だった。
「そんなの…砂月くんが好き…だからに決まってるでしょ!」
勢いよく叫んで、私は彼のエメラルドの瞳を真っ直ぐ見つめた。これが、今の私の気持ち、想いだった。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔をしかめて頭を抱えた。そして彼は勢いよく拳を壁にぶつけ、怒っているかのように肩を震わせた。少しの沈黙の後、彼は首を横に振る。
「勘違い…するな。お前が好きなのは那月だ…!」
「違う、違うよ!私は…」
「うるさい黙れ!お前はわかっていない!そういうことは…那月に言ってやれ」
彼はそう言い捨てると、私を置いてレコーディングルームから出ていってしまった。
私は彼の後を追うこともできずに、ただ椅子に座っていた。つー、と頬を幾つもの涙が伝ったが、それを拭おうという気持ちにもならない。そして頬を伝った涙は滴となって、砂月くんと共に作り上げてきた楽譜に染みを作った。その染みは、音符一つ一つを滲ませていく。私はそれさえも気にならず、ただ、ひたすら声もあげずに涙を流し続けた。