短編
□2.気安く触るな
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「おかえり那月…………?」
俺が寮に帰ると、チビが机で何か書き物をしているのが見えた。そして俺が返事をしないでいるとくるり、と後ろを向いて驚いたような顔をする。あらかた、俺が不満だということだろう。
しかし、俺はそんなチビに構う余裕もなく何も言わずにベッドへと座る。そして頭をかきあげた。
頭と心が困惑して、自分が分からない。だからといって那月には言うわけにはいかなかった。…俺は、那月に嫉妬しているようだ。その気持ちに気が付いたとき、訳が分からなくなった。あんな女なんかに那月を渡してたまるか、という最初の気持ちはどこへ行ってしまったんだ。
「ちっ…」
「な、なんだよ!」
「うるせえチビ。黙れ」
「俺はチビじゃねえーっ!」
アイツは、那月のパートナーで那月が好きなんだ。その言葉を何度も心に刻み付けてきたじゃないか。今更何を…
「くそっ」
ふとベッドに並んだぬいぐるみが目に入り、俺は無意識に腕で払っていた。ぼふっと音をたてて、ぬいぐるみが次々に床へと落ちていく。
俺は那月を守るために生まれたはずだ。それなのにどうして那月に嫉妬しなければならない?俺にはそんな権利はないし、ましてや那月の身体を借りてアイツに触れるなど…根本的におかしい。それに、アイツはそれを望んではいない。アイツの望みは那月が戻ってくることで、那月は…。
夜通し考えても、俺には納得のいく答えは出なかった。
「おはよう、那月くん」
「…」
「ねぇ、おはようってば!」
朝、教室に入って自分の席に着くと、後ろから聞き慣れた明るい声が響いた。しかし今の俺にはそれが苦痛でたまらない。そして、返事をしない俺にしびれを切らして莉音は肩を叩いて覗き込んできた。
「…朝からしつけーな」
「あ、砂月くんだ!ごめん、那月くんかと思って…」
ああ、そうか。やっぱりお前は前にいるのが那月であってほしい、とそういうわけなんだな。そう考えが及ぶと、机の下で握られた拳が無意識に震える。
「あのね、昨日言われたとこ直してきたから見てくれる?」
「…」
「砂月くん、的確なアドバイスくれるから本当助かる!いつもありがとうね」
「…っだから…!」
「うん、わかってるよ…。那月くんのため…ね。でも、結果的に私のためにもなってる。」
そう言って切なそうに笑う莉音に返事を返す気にはなれず、俺は手渡された楽譜に目を通していく。しかし、その動向を全て莉音に見られていると思うと…なんなんだ、少し…平常心でいられなくなる。その気持ちを隠すようにギロリと睨みつければ、莉音は楽しそうに笑った。
「おい、気が散る。こっち見るな」
「やっぱり、砂月くんってかっこいいよね」
「あ?那月の身体なんだから当然…」
「違う、そうじゃなくて…その、仕草…とか」
そして頬を染めた莉音は、わたわたと慌てて俺の手から楽譜を奪い取り、去っていってしまった。
「…ったく…調子狂わせんじゃねーよ、ちんちくりんが…」
楽譜を奪われたそのときに、少しだけ触れた指先が熱を帯びている。俺は走り去る莉音の様子を、見えなくなるまでただひたすら見つめていた。
(胸が焦がされるこの想いは、決して表に出してはいけない。それがアイツも那月も幸せにするのならば…)