短編
□5.大人しいとなんだか寂しいです
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「おはよう結城」
「あ、結城おはよ!」
「おはよー」
朝、私がいつも通りに席に着くとこれまたいつも通りに一十木くんと聖川くんが近くまで来てくれた。しかし今日は1番厄介なヤツがいない。普段なら私が席に座る前に、おはようのキスだのハグだのしつこいのだけれども。
私は彼らに軽く挨拶をすると、周りをキョロキョロと見回した。
(いない…珍しく遅刻?)
「四ノ宮か?」
「那月は今日休みなんだってー。翔が言ってた」
「休み?」
「うん。どうも熱が出ちゃったらしいよ。大丈夫かなぁ…あとでお見舞いに行こうかって言ってたんだけど…あ、ちょっと結城待っ…」
私は一十木くんの話を最後まで聞かずに、荷物を持って颯爽と今きた道を戻り始めた。那月が熱?馬鹿は風邪引かないんじゃなかったか、なんて考えながらひたすら早足で歩く。彼が具合悪いなんて聞いたことがないから、それだけに心配になってしまう。翔くんも学校があって面倒を見てあげられるわけじゃないだろうし…なら、彼女である私が行くしかないではないか。
控えめにノックをして、那月の名前を呼んだが彼は応えてくれなかった。私は鍵がかかっていないことに安堵しつつ、そっとお邪魔することにした。
彼は寝ているようだった。ベッドに近寄り顔を覗き込むと、彼は苦しそうに荒い息を吐いていた。顔は真っ赤で汗も噴き出している。
(思ったより高熱じゃない…)
私は慣れた手つきで、タンスの中からタオルを何枚か取り出し、一枚を水で冷やした。そして冷やしている間に、残りの何枚かで体中の汗を拭き取る。寝巻きが大変なことになっていた。私は慌てて新しい寝巻きを取り出し、着替えさせる。そして冷やしていたタオルを頭に乗せた。
(これでひとまずは安心かな)
今、彼に先ほどのような苦しそうな寝息はなく、気持ちよさそうに眠りに入ったことが分かった。私は安堵してその場を離れようとしたが、彼によって止められてしまう。彼の手が、私の手を弱々しく握っていたのだ。
「待って…。」
「那月…?」
「いかないで…ずっと傍に…」
見ているのが心苦しくなる程に弱々しい那月。普段の彼とは全く違う。私はそのギャップに驚きつつも、その手を強く握り返した。
「…わかった。ここにいるから、安心して寝てね」
「莉音…好き…です」
「那月…」
それからすぅと深い吐息が聞こえ、本格的な眠りに入ったことを確認すると、私は彼の頬に軽くキス。私からするなんてことは滅多にないけれど、今日は特別。
(それにしても名前で呼ぶなんて…)
しばらく彼の寝顔を拝んだ後、私は傍を離れ冷蔵庫に向かう。彼は料理好きなこともあり、食材はそろっていた。私はそれを見て、お粥を作り始めた。多分この様子だと彼は朝食ですら口にできていないだろうから。
「ん…あれぇ?莉音ちゃん?」
お粥がもうそろそろできるという頃、彼はふわぁ…と欠伸をしながら起き上がってキッチンに立つ私を見た。そして頭から落ちてしまったタオルと、着ていた寝巻きを見て、首を傾げる。
「那月、もうちょいでお粥できるから待っててね」
「お粥…ですか」
彼は口をぽかんと開けて、私を見つめる。
「もしかして嫌だった?」
「いえ、莉音ちゃん…僕のために介抱してくれていたんですねぇ…ありがとうございま…けほっ」
「まだ横になってな那月…し、心配するでしょ」
突然咳込む彼を案じながら、私は寝ることを促した。すると彼はごめんなさい、と言って再び布団へ潜る。そんな彼の元に、たった今できたばかりの玉子粥と、温かいお茶を持っていく。
「お腹すいたときに食べ…」
「お腹すきました」
彼は私が言いかけた言葉を遮って、ガバッと起き上がる。そして近くにあったぴよちゃんのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめると、物欲しそうに私を見つめた。
「あ、じゃあ…」
「莉音ちゃん…あーん」
彼は私が用意しているのを確認すると、雛のように口を開けて私を待つ。
「那月!?」
「僕…病人ですから、自分で食べられないんですよぉ…あーん」
「はいはい…あーん」
渋々、私はふぅふぅと粥を冷ましてスプーンを口に入れた。すると彼は嬉しそうにもぐもぐと口を動かす。
「わぁ…おいしい!」
「ありがと」
すると彼は突然ぎゅうと腕に縋り付いて、私を見上げた。私はいつも彼を見上げる立場なので、とても珍しい景色。彼の綺麗なエメラルドが私を見つめる。
「莉音ちゃん!」
「な、なによ」
「僕の…お嫁さんになってください!」
私は少しでも、彼が大人しいと寂しいなんて思ったことを恥じた。あれはきっと気のせいだったの、絶対そうなの!
(照れ屋さんですねぇ、顔まっかっかですよぉ)
(んー!)