短編

□レモン+君
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お気に入りのエプロン、お気に入りのバンダナを身につけた私は彼氏である那月と共にキッチンに立った。彼に料理を教えるためだ。隣に並んだ那月のエプロンが、私よりも派手でフリフリで女の子っぽいことはこの際気にしない。


「ふふっ」


隣で楽しそうに笑う那月に、私は怪訝な目を向ける。すると彼は私を見てキラキラと瞳を輝かせる。


「どうしたんだ一体」

「可愛いっ」


私は抱き着いてくる那月をひょい、と避けると料理の仕度をするべく材料やボールなどの器具を淡々と出した。隣でしゅーんとしている那月は私には見えていない、断じて見えていないのだ。

私は戸棚の上にある器具を出そうと、思いっきり背伸びをする。

(うーん…もうちょい!)


くすくす…不適な笑い声が聞こえると思っていたら、彼が私を見て悪戯っぽく笑っていた。私はそんな彼の態度にむっとして、自力でとろうと更に爪先立ちになる。


「莉音、もうちょっとですよぉ!」

「うるさい!」

「ふふっ素直になってください。僕に頼んでくれたらすぐに…」

「それが料理を教えてもらう立場ですかね那月さま、えぇ?」


きつい視線と共に私が皮肉を言えば、彼は無言で私の後ろに立った。そして耳をぺろ、と舐める。


「莉音…そんなこと言っていると…」

「うぎゃあああああああだめだめだめ!」


耳元から彼の恐ろしい脅迫が聞こえて、私は渋々彼に頼むことにする。すると彼は、いいですよぉ、なんて呑気に返事をして悠々と器具をとってくれた。そしておまけに不意打ちのキス。

(全く…油断も隙もない)







今日彼に教えるのは、ぴよちゃんの形をしたケーキ。彼は私の隣で私の説明を聞きながら、私の作業をただひたすら見ていた……と思っていたのだが。


「莉音、僕もやってみたいです」

「じゃあ…はい、これ。掻き混ぜるだけでいいから。いい?掻き混ぜるだけだからね」

「はぁい」


ふんふん〜♪と鼻歌を歌いながら掻き混ぜる彼。よく聴けば…なんと私が作った曲。嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちで私は思わず赤面する。すると彼は私と目を合わせて、にこりと笑った。


「この曲、大好きなんです。僕だけが歌えるなんて嬉しいなぁ」

「あ、ありが…」

「はい?」

「なんでもない!」


私は彼から目を背けて、別の作業に没頭した。彼がふふっと笑った気がしたが、きっと気のせいだと思う。








しばらくして、完成したケーキはしっかりとぴよちゃんの形をしていた。レモンチーズケーキ、ということでぴよちゃんの綺麗な黄色が良く出ている。


「わぁ!すごい!本当にぴよちゃんですねぇ」


彼はぴよちゃんケーキの周りをまじまじと見つめて、嬉しそうに笑った。そして、ポケットから携帯をとりだすといろいろな角度から写真を撮る。しばらくすると、私にぴよちゃんケーキを持たせた。


「可愛い莉音に可愛いぴよちゃんケーキ!なんて素敵なコラボなんでしょう」

「あ、あの那月ー?」

「あ、動いちゃだめですよぉ…今撮影中なんです。ああっ可愛いっ」


そんな風に笑う那月の方がよっぽど可愛い、と私は心の中で呟いた。腹黒いところがなければ天使なのに…


「ほら、那月食べよ?」

「これを…ですか?」


彼は心底驚いて、私を見た。すると悲しそうな表情を浮かべて首を振り、ぴよちゃんを食べることなんてできません、と頭を抱えた。


「試食…しないと、ね?」

「うーん…」


渋る彼を横目に、私はぱくりとぴよちゃんケーキを頂く。甘すぎず、レモンの酸味がうまく絡み合ったケーキで、とてもいい出来だった。私は彼を肘でつんつん、と促す。


「じゃあ…あーんしてください」

「 い や 」


自分で食べてね、と軽くあしらって私はぱくりともう一口。その刹那、強引に私の肩を掴んだ彼は唇にキスをしてきた。そのまま舌が中に割って入り、ケーキが奪われていく。


「んんっ…!」

「ふふっ…おいしい!ごちそうさまです」










(続いて…貴女の試食もしてみましょうかぁ)
(はぁ!?)








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