短編
□4.食べちゃうぞが冗談に聞こえません
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「なんでこんな…私作曲家コースなのに…」
はぁ、と深い溜息をついた私は、自分の机の上に置かれたとある冊子を見て眉間に皺を寄せた。表紙には"赤ずきんちゃん"の文字。少しだけ冷静になって、その冊子をパラパラとめくってみるが、中身は変わることがない。明らかに台本。作曲とは何の関係もない。
「結城たちは、赤ずきんちゃんだったんだね!楽しみー」
後ろから聞こえてきたのは楽しそうな一十木くんの声。彼は私の肩に手を置くと、私が見ていた台本を覗きこんだ。
「一十木くんたちは?」
「あ、俺?俺らはね…まさかの桃太郎…あはは」
私たちAクラスは学園長の思いつきだかなんだかで、声だけで演じる劇、の課題を出されていた。しかもパートナーで、だ。アニメーションに合わせるということもないので、読み合わせのようなものなのだけれど。
(全然作曲関係ないよね…)
「へぇ…聖川くんは何だって?」
「マサはね…くくくっ…あははは」
一十木くんは笑いをこらえられなくなって、机をバンバンと叩いた。そしてひぃひぃ言いながら、答えをやっと口にだす。
「眠れる森の美女…だって!あはっあははは…マサのパートナーも男だしさぁ、マサが運よく王子様役になったとしても…あんな甘い言葉言うんだよ?心のダムとか言ってるヤツが…あはは」
ガラガラ
「莉音ちゃんお待たせー!ってあれ?音也くんどうしたんですかぁ?」
突然教室のドアが開いて、那月がやってきた。彼は、赤ずきんちゃんの資料集めに出かけてくれていて、手には本やらCDやら多くの資料を持っていた。
「一人でツボってるみたい…」
「うわっ結城ひどっ!」
「たくさんありましたよぉ資料!」
「ありがとう那月」
「はいっ!莉音ちゃんのためですから」
にこにこしながら、那月は私の台本の上に資料を山積みにした。私はその中から一つの本を手にとる。
「莉音ちゃん、せっかくですから体を動かしませんかぁ?声だけでなく」
「まあ…それは必要かなとは思ったけど今?」
「はい!思いたったが吉日ですよぉ」
そして今私は赤いずきんに見立てたハンカチを頭に巻いて、カゴを持って那月の部屋へと向かっていた。
配役決めのときの、那月の異常なテンションには若干引いたけれど、やっぱり私は狼にはなれなかった。那月が赤ずきんちゃんというのは可愛かっただろうに。
(結局じゃんけんに負けたのよね…)
はぁ、という溜息をつきつつ、外を歩く。何故か一十木くんも一緒に。
「なんでいるの?」
「手厳しいなぁ結城…那月に、見てくれてる人がいないとダメだって頼まれたんだよ」
「じゃあ那月を見てればいいのに」
「そっちにはマサがついてる」
私がふーん、と適当な返事をしつつ前を向くと、真っ黒な毛むくじゃらの塊に出会った。狼…のつもりなんだろう。
「お前はこれからどこへ行くんだ?」
(あれ、役に成りきってる…?)
てっきり、莉音ちゃんはどこへ行くんですかぁ?なんて尋ねられるだろうと思っていたので、顔が引き攣ってしまう。
「こ、これからおばあさまのお見舞いに行くの」
そしてにっこりと笑う。私なりに、純朴そうな少女を精一杯演じた結果だ。隣で一十木くんが吹いたような気がしたが私は無視を決め込む。
「へぇ…それじゃあお花を摘んでいったらどうだい?おばあちゃんもきっと喜ぶだろう」
「わぁ…そうだわ!そうしましょう。狼さんありがとう」
「…なんの茶番だ…」
「さっきの結城可愛かったよ…くくっ」
「じゃあその笑いはなんなんだ」
シナリオ通り、那月が自分の部屋へ戻る時間稼ぎに私は花を摘んでいた。はたから見れば、雑草抜きをしている掃除当番に見えていることだろう。
「しかしなんであんな乗り気なのよ那月は…」
「さあな…那月の考えてることはよくわからないからな。」
一十木くんは草原に寝転がり、空を眺める。そして苦笑した。
「彼女、大変じゃない?」
「まあ、いいとこもあるし…」
もう慣れた、と言えば彼はそりゃそうかぁなんて言って起き上がった。そして私の頭をぽん、とたたく。
「何かあったら言ってくれよ?友達なんだからさ!」
その気持ちは嬉しかったのだが、ありすぎて言い尽くせない、と私は苦笑いを返した。
トントン
「おばあちゃーん!お見舞いにきたわよー」
「開いてるからお入り」
那月のしわがれ声に、私たちは笑いを堪える。課題の練習だとは分かっていても、笑える。一十木くんは堪えられずに廊下に飛び出して行った。
私が扉を開けると、さっきの黒い塊が布団に寝ていた。そして、手招きをしている。それを遠巻きに見ているのが聖川くんだった。
「持ってきてくれたものはテーブルに置くんだよ、お前」
「はい、おばあさま」
私がテーブルの上にカゴを置くと、狼…もとい那月がベッドの中でもぞもぞと動いた。どうやら本で内容を確認しているようだ。
その後衝撃的な台詞を耳にする。
「さあお前、服を脱いで。ここに来て一緒にベッドにお入り」
(ええええええええ)
「那月ふざけてんだったら…」
「ち、違いますよぉ。僕は本に忠実に…」
私がベッドに近付き那月を殴ろうとしかけたとき、彼は持っていた本を私に投げた。
(本当だ…なにこれ)
私は渋々頭巾を脱ぐ。そしてその本に忠実に台詞だけを読んでいく。
「脱いだスカーフは、どこへ置けばいいの?」
「暖炉の火にくべておしまい。もうお前にはいらないんだから」
そして物語の中で赤ずきんちゃんは、エプロン、シャツ、スカート、ペチコート、長靴下…全てを脱いで狼のいるベッドに入ってしまう。
(これ…エロいなぁ…)
私はとりあえず制服のブレザーだけは脱いだ。そして布団へ入る。聖川くんは私の様子を見て驚いていた。
「あれ、おばあさまって毛深いのね」
「この方があったかいんだよ、お前」
そして有名なあのくだりに突入する。ついに私は食べられてしまうのね、と思ってからふと猟師を思い出す。誰がやるのだろうか。
「あれ、おばあさまの口って大きいのね」
「こうでなきゃ、お前をうまく食べられないからな!」
その台詞と同時に那月が私の上に跨がって、私をぎゅうと抱きしめる。食べる演技、なのだろうか。それにしても、長くて苦しい。
「那…月ぃ!苦しいってば…」
「…今は狼さんですよぉ。だけどこれは…邪魔ですねぇ」
彼はふふっと笑って、毛むくじゃらを取り除く。そして私に向き直ると、首筋をつーっとなぞって頬にキス。そして空いた片手でブラウスのボタンを外していく。
「僕は…あなたを食べなきゃいけないわけですから」
「あの、那月…やめ」
「おいしそう…」
那月は抵抗する私の両手を、私の頭の上でクロスさせて両手首を押さえた。そして、はだけたシャツを開かせて鎖骨に舌をはわす。
「やあっ!」
「…っ…はぁっ」
そのまま鎖骨にちゅっと、キスをされてどんどん唇が下がっていく。焦らすようにさりげなく触れながら私の弱点へと迫ってくる。
「きゃあっ…んっ」
那月が膨らみの頂点を口に含んだとき、私の身体がぴくりと動く。その反応に悦ぶ彼は私のもう片方の膨らみに手を伸ばす。
「…っはぁ…ここ、弱いんですねぇ可愛いです」
「那月…みんな…見てるからぁっ…」
「恥ずかしいですか?」
「当たり前でしょ!」
キッと睨みつけると、彼は名残惜しそうに鎖骨に再度キスをして、続きは後でね、と吐息混じりに耳元で囁いた。
(あれぇ?誰もいないじゃないですかぁ)
(逃げたなあいつら…!)
(じゃあ続き…ちゅっ)
(やめなさい!)
→あとがき