短編
□恋杯
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那月が帰省してしまって早3日。私は一人、買い物に出掛けていた。それというのも友千香や春歌も、帰省してしまって遊び相手がいなかったから。出掛ける前は、仕方なく那月の部屋で翔くんとゲームをしていたのだが、彼はバイトがあるからと出掛けてしまったのだ。そして私は持っていた合い鍵で部屋を閉め、出発したのだった。
夏休みということもあって、専門店街は賑わっていた。子供達のはしゃぐ声や、複数で遊びに来ている同年代の女の子達、それに、手を繋ぎ密着して歩く若いカップル…。
(那月…)
ここ数日は、何かと構ってくる那月がいないことで自由な行動を満喫していた。しかし、今は少しだけ空いている手が寂しかった。
(せっかくだから何か買おうかな)
目にとまった洋服店で、片っ端から洋服を漁る。最終セールをやっているこの時期は、店員も客も必死だ。
(たまには…こんなワンピースなんてどうだろう)
真っ白いワンピース。ごてごてとレースがついているわけではなく、とても自然な、女の子らしいワンピースだった。
自分の身体に当てて、鏡を見てみる。イマイチ自分では似合っているのかどうかよくわからない。
(那月って…どんな女の子が好みなの?)
聞いたこともないな、なんて今更思いながら、そのワンピースを戻す。
店を出て、少し歩けば小洒落たカフェが見えた。やはり夏休みの影響だろうか、店の外まで行列を作っている。
パフェでも食べようか、と行列に並ぼうとした私はピタリと足を止めた。
(カップルだらけ…)
周りを見渡せば、一人でいるのは私だけだった。
仕方なく、私は近くの下着の店へ入る。特に用事があったわけではないが、カフェに入ろうとしてやめた姿を自然に見せようと見栄をはったのだ。
「いらっしゃいませ!今日は何をお探しですか?」
(特に買うつもりなかったのに…!)
「えーと、揃いの新しい下着買おうかなと思って…」
「そうですか!最近人気なのはこの花柄ですね。あと、ボーダーも夏らしくて皆様買われていきますよ」
(ふーん…結構可愛いのね…)
また店員は違った下着を手にとり、パッドを入れたり外したりする。
「あとこのシリーズだと、胸の形が綺麗に出るんですよ。セクシーに見えるんです」
「なるほど…」
私は店員に勧められた水玉の下着を手にとった。詐欺かと思うくらいにパッドが厚い。しかし私はお世辞にも胸が大きいとは言えず、少しコンプレックスに感じていた。
(…気に入ってくれるかな、那月)
そう思った私は慌てて首を振った。別に那月の為に新調するのではない、ただ自分が新しい下着が欲しいだけで…あれ?
(ぴよちゃん、那月好きだったよね…ぴよちゃん…)
ふとぴよちゃんを思い出し、ぴよちゃんの下着を着た私と那月とを想像する。
(だめだだめだ!そんなの私じゃなくてぴよちゃんに目がいっちゃう!)
また慌てて首を振った私に店員さんは驚きながらも、お願いします、と私が差し出した例の水玉の下着を見てにこりと笑った。
(結局買っちゃった…)
私はその後那月のお土産に、ぴよちゃんグッズを買って、少しの紙袋を手に翔くんの部屋へ向かった。最近はルームメイトがいなくて寂しいため、専ら翔くんの部屋で寝泊まりしている。恥ずかしいので、那月のベッドで寝ていることは那月には内緒。
「ただいまー!…ってそうか、今日翔くん夜勤か」
私は少しだけ一人が寂しくなって、那月のベッドにダイブする。絶対調子に乗るから言わないけど、那月が恋しくてたまらない。ベッドに包まれば、那月に抱きしめられている感覚がして、少しだけ安心する。
「ちょっとだけ充電。…那月…早く帰ってきてよ…お願い…」
とめどなく溢れる那月への想いが、彼女の目頭を熱くさせた。
風呂から上がった私は買ったばかりの下着を身につけ、鏡の前で自分を眺めていた。
(なかなか…詐欺だ…)
普段よりも官能的な自分に少し酔いしれて、ぎゅっと肩を前に出して谷間を作ってみる。
(うん…いけるいける)
そして私はそのままベッドへダイブする。那月が今夜帰ってこないことは知っていた、けれど寂しくて寂しくて夢中で毛布をぎゅっと抱きしめた。
(このまま寝ちゃっても…いいや…)