短編

□盲舌ラプソディ
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「だめ。こっち来たら…」

「来たらどうします?」


にこやかに笑う那月は挑発的に私の隣へと歩いて来る。そして何も言えずに睨みつける私を見て、ふふっと笑った。


私は今、食事を作るためにキッチンに立っている。私が生きるためにも那月には内緒にしているはずだったが、彼には何でもお見通しらしい。すぐにバレてしまった。


「あーもうとにかくあっち行ってよ」

「僕は趣味が料理なんですよぉ」

「だって…那月が作ると…」

「作ると…?」


いつの間にか包丁を持った那月が、不思議そうな瞳で私を見つめる。初対面のときはなんて可愛らしい人なんだと思ったが、私はその奥に秘めたオーラが怖すぎてもう何もできない。


「な、なんでもない」

「そうですかぁ。じゃ、卵割りますね」

「あ、那月!」


すると彼は、あらかじめ取り出してあった卵を手にとると、手際よく、ひょいひょいと割っていった。テンポが良く、あまりにスピードが早かったため私は隣でぽかーんとしていることしかできない。


「終わりました!」


満足げに私の顔を見る那月を無視し、私は割られた卵が入っているボールをじっくりと眺めた。


「殻…入ってない…」

「卵割るの得意なんです」

「へぇー」


(…なんかちょっとかっこよかったかも)


言葉とは裏腹に、内心では彼の株が上がった。



私はそれを見て、彼へ包丁を握らせてしまった。これが惚れた弱みなのかと思いつつ、おかしなことをした時点で止めれば大丈夫だという変な自信が現れる。


「あ、莉音。鮎入れていい?」

「あんた馬鹿じゃないの」

「もう入れちゃいました!きっと刺激的な味になりますよぉ。」

「えっ!」


思わず大きなため息が出てしまった。やっぱり彼に任せるなんて、自殺行為でしかない。しかし私だけが犠牲になるのならまだいいが、翔くんまでが犠牲者になるのはいたたまれない。


「それにしても…初めての共同作業ですね!莉音!」


私は楽しげにはしゃぐ彼を見て、もう諦めた。今更無理だ。那月は私の肩をポンポンと叩きながら、にこりと笑っていた。


「那月。どっちを選ぶ?」

「勿論クリームソースですよぉ」














「っだあああぁぁあああ!なんで莉音は那月に料理させたんだよっ!」


帰ってきて食卓に並んだ食事を見た翔くんは、帽子を思いっきり床に投げつけて私に掴みかかってきた。


「みんなで逝こう…」

「お前もうすでに目がどっかいってるぞ?」

「あはは…」

「さあ、食べましょう!」


フリフリのエプロンを脱ぎつつウキウキと食卓に着く那月とは正反対に、死の危険を感じつつ私たちはそろそろと席に着く。


(最後の晩餐だわ…)



いただきます、と呟いて勢いよく目をつむる。そして私は震える手をなんとか押さえ付けながら、口元まで持っていく…がそこから先が勇気が出ない。


「莉音?大丈夫ですか?」


那月の声に罪を感じ、私は料理を口に含む…






(あれ…?)






「悪くない…」

「ええっ!?」


ガタッと勢いよく立ち上がった翔くんに、そうでしょう!と喜ぶ那月。翔くんは私と料理とを見比べながら、私に嘘がないかを見極めようとしているように見えた。

私は実際もっと酷いと思っていたので、この出来には正直驚いていた。


様子を見た翔くんは、もう一度じーっと私を見つめた後、勇気づけられたのか勢いよく食事を口に運んだ。


「−−−−−っ!」


「翔くん!」


みるみるうちに顔が青ざめた翔くんは、声も出せぬままに痙攣して意識を手放してしまった。箸がテーブルの下に落ちるカランという音が無常に響く。


「翔ちゃん…どうしたんでしょうねぇ…」


那月はつんつんと翔くんの肩をつついて、おかしいですねぇ、と首を傾げた。私はその様子を見てはぁ、と溜息をついたと同時にハッとした。












(恋は盲目だっていうけどなあ…味覚については聞いたことないぜ…)
(味覚オンチうつったのかな…)
(あ、翔ちゃん起きたんですねぇ)
(だあああぁぁあああっ!もういらねえよ!)






→あとがき
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