短編
□エタニティリング
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夕陽に包まれていた辺りが闇にのまれていく、夜に近い時間帯。周囲には浴衣を着た男女や、ハチマキをまいたおじさん、また小さな子供たちがヨーヨーやわたあめを手にはしゃぎまわっていた。太鼓や横笛の華やかなお囃子がムードを盛り上げ、焼きそばやタコ焼きなどの匂いが辺りに充満している。
それらお祭りの雰囲気を何となしに感じていた那月は、腕をあげ、ちらりと時間を確認した。
(…遅いですねぇ)
待ち合わせの時間から既に10分が経とうとしていた。しかし彼女からの連絡は未だない。いい加減連絡しようか…と携帯を取り出した直後、那月の前に突然彼女が飛び込んできた。
「はぁ…はぁ…ごめん那月…」
「今、連絡しようとしていたところだったんですよぉ。迷ったのかと思いました」
彼女の浴衣姿は艶やかで、可愛いなんてものじゃなかった。白地に存在感のある大きな花柄、紅に近い紫色の帯を巻いた莉音。普段は無造作…自然な髪も、浴衣に合わせてきっちりと結わえてあった。
「莉音…綺麗…ですね」
このまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られながらも、那月は本心を気取られないように普段の笑みでなんとかやり過ごす。
「…ありがと。那月も…似合ってるよ」
そっぽを向いてぶっきらぼうに答えた彼女の顔がみるみる赤く染まるのを見て、那月は満足げに莉音の手をふわりと包み込んだ。
「とりあえず一周まわってみましょうか!花火まで時間ありますし」
「そうしよ。私、あんず飴にわたあめにチョコバナナに…」
「かき氷も食べたいですねぇ」
「もちろん!よし、行こう!」
瞳を爛々と輝かせた莉音は那月の手を強く引いて歩いていく。那月は彼女に大人しくついていく。
後ろを向いた彼女のうなじがあらわになって、那月はドキッとする。普段は見られない大人の女性な莉音に体温が上昇した。
(今日はなんだか調子が狂いますねぇ…)
「うまー!」
あんず飴を口に含み、はたまた舐める莉音。
「僕のチョコバナナも食べますかぁ?ほら、あーん」
「…」
「どうしました?食べないんです?」
「いや、ちょっと公共の場では恥ずかしいじゃない」
那月はまあいいじゃないですか、と肩を抱き寄せ、無理矢理に口に突っ込んだ。
「むぐ…っ…」
「おいしいでしょう?」
「うん、じゃあ…飴舐める?」
目を反らしつつ問う莉音。那月は飴を持つ彼女の手首を掴んで、そのまま口に含んだ。
「うん、おいしいですね」
「それはよかった。あ!射的!射的やってよ那月!」
赤くなった顔を隠すように射的を指差し、莉音はパタパタと走っていった。
「ちょっと待ってくださいよぉ…莉音…莉音ってば!」
急いで追いかけ、那月は後ろから莉音をぎゅうと抱きしめる。ほんの一時も無駄にしたくなかった。
「わっ!やめてよなに!?」
「一緒に来ているんですから…。寂しいじゃないですかそんなの…」
「あー…はいはいわかったから離して」
相変わらずつれない莉音に那月は苦笑いをしながら、手をがっちりと繋いだ。
「もう離れちゃだめですよ?」
「もうそろそろ花火の時間ですね」
「そっか、もうそんな時間か」
少し名残惜しそうに、莉音は那月の手を強く握りしめた。そして那月を見上げつつ、口をパクパクしたが結局何も言えずに俯いてしまう。
(…なんだろう)
不思議に思った那月は、人通りの少ない場所まで来て立ち止まる。そして莉音を真っ直ぐに見つめると、ぎゅうと抱きしめた。
「な、急になにする…の!」
「少し寂しげに見えたのでつい…」
「そんなこと」
「莉音…?」
耳元で彼女に問い掛ければ、莉音は少し手を強めてぽつりぽつりと話しはじめた。
「…いや、もうそろそろお別れだと思ったら…なんかね…」
「莉音…大好きですよ。大丈夫、離れたって…」
ドーン
大きな音がして、二人は空を見上げた。真っ黒なキャンバスに、鮮やかな大輪の花が咲き乱れてそれぞれに輝いた。しかし儚いその花は一瞬のうちに散る。
「綺麗……んっ」
花火に見とれて半開きになった莉音の唇に、強引に那月の唇が重なる。触れるだけのキスが、少しずつ激しくなっていく。
「ふぁ…もうっ那月…」
苦しそうにもたれ掛かる莉音の肩に腕をまわして、那月は彼女と共に空を見上げた。
「相変わらず、たどたどしいですねぇ」
「…っ…うるさいな」
「あ、いつもの莉音に戻りましたねぇ」
そう言えば莉音はハッとして、もたれ掛かっていた那月の肩から離れた。
「あ、ありがと」
「いつでも甘えてくれていいんですよぉ」
そして那月は空いていた彼女の手をさりげなく握る。ほんのり体温が上がった莉音を感じながら、ずっとこのままでいられたらいいのに、と思わざるを得なかった。
(あ、終わっちゃったね…)
(僕らはまだ終われませんよぉ。今夜はどうします?)
(最低。今日は久々にかっこいいと思ったのに)
→あとがき