短編

□affettuoso
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私は今、キッチンに立って夕食を作っているところだ。本来ならば、寮で暮らしている私たちは食堂に行けば温かくおいしい夕食が食べられるのだが、どれもこれも彼氏のせいで料理を作らなければならなくなってしまった。


カウンター式のキッチンから彼を見て私は小さくため息をつく。すると、座ってテレビを見ていた彼がため息に気が付いて、私へ寄ってきた。眉がへの字になっている。


「やっぱり僕が…」

「だーめ!たまには私に作らせてって言ってるでしょう?いつも那月の料理食べさせてもらってるし…ほら…」

「でも…莉音実はあまり料理慣れてないんじゃないですか?」


彼は私のあやふやな包丁さばきを見て、眉間に皺を寄せた。その様子に私は少しムッとする。女の子なんだから料理くらいできるのよ、なんて思って。

しかし実際はあまり料理をする機会がなく、レシピを凝視して時間をかけながら作っている。


…はぁ食堂で食べたかったなぁ。





そもそもこうなったのは、昼間の彼の発言だった。



『莉音!』


図書館で作曲の勉強をしていた私のところに、大急ぎでやってきた那月。どうしたのかと問うと、今日は夕食を二人で食べたいと言うのだ。

それ事態は悪い気はしなかった。彼から誘ってくれるなんて実は滅多にないものだったから。


『じゃあどこで待ち合わせする?』

『僕の部屋に来て下さい、鍵は確か渡しま…』

『しーっ…!』


慌てて私は那月の口を塞ぐ。周りの生徒が私たちの様子を注目していた。私はこちらを見ていた生徒に愛想笑いを浮かべ、なんでもなかったことを示す。


『ちょっと…バレたら私たち退学でしょう…気をつけてよ』

『鍵持ってるのっておかしいですか?パートナーなのに…』


男女がお互いの部屋の鍵持ってるのは、誰がどう見てもそういう関係にしか思われないでしょ!と私は彼に言おうとしてやめた。またキョトンとされたらかなわない。


那月は寂しげに私の隣に座った。そして私が読んでいた本をパラパラとめくりつつ、僕の部屋にお願いしますね、と小声で伝えた。


『なんで?食堂じゃないの?』

『今日は僕の料理をあなたに食べてもらおうと…』

『いつも嫌というほどいただいてますありがとう』

『莉音…僕はあなたのために…』


彼は少しだけ顔を曇らせた後、いつもお世話になってますから、と微笑んだ。

そう思うなら作らないでほしい、という本音は流石に言えず私は本能のままにこう言ってしまったのだ。


『じゃあたまには私に作らせて』









生きるためには仕方がなかった、とは思いつつも他に良いかわし方はなかったものかと頭を悩ます。後悔しても仕方ないけれど。


「痛っ」

「莉音!」


そんなことを考えながら包丁を握っていたせいで、指を切ってしまった。左手の人差し指から血液がとめどなく溢れてくる。思ったよりも傷が深かったようだ。


「今絆創膏持ってきますから、指洗っていてください!」


彼は私よりも慌ただしく、救急箱を取りに行ってくれた。
流水で指を洗いながら、私は彼のそういう優しいところに惹かれたのよね、なんて思って一人で真っ赤になってしまった。


「莉音…指出してください、僕が消毒しますから」


少し染みるかもしれません、と呟きながら私の人差し指を支え、消毒液をたらす。


「いたたたたた…」

「本当に…危なっかしい人です。そこが可愛いんですけどね」


那月はニコッと爽やかな笑みを浮かべる。そして絆創膏を貼った指先にキスをして、早くなおりますように、と呟いた。


不覚にも私の心臓が不整脈になった。


「那…月!」

「はい?あ、キスもっとしてほしいですか?」

「ち、違うってば…あ、ちょ…っ」


那月は私を壁際へと追いやって、両手首を私の顔の横へと固定した。そしてくすっと笑って、額をぶつける。彼の吐息がかかるほどに近く、眼鏡がぶつかりそうだった。


「莉音…素直になって」

「…っ…那月…」

「本当は…キスしてほしいんでしょう?」

「やあっ…」


耳元で囁かれて思わず身体が反応してしまう。その反応を楽しむように、彼は微妙な位置を保って話し続ける。


「ねぇ、僕を求めて…じゃなきゃ離さないよ」

「ちょ…那月…!」




ガチャ


遠くでドアが開いた音がした。翔くんが帰ってきたのだろうか。二人で食べるって言ってたのに…とは思ったものの私は命拾いしたと翔くんに感謝した。こんな羞恥プレイはキツイ。




と思った矢先



「…っ」


彼は強引にキスを仕掛けてきた。触れるだけのキスだと思っていたのに、彼は容赦なかった。私の手首は固定されたままで、抵抗しようにも力が入らない。私は彼に身を任せた。







「はぁ…はぁ…那月の…バカ」

「どうしましょう。僕これだけでは我慢できそうにない…」


ようやく離してくれた那月の背後には翔くんがいて、ばっちり私と目が合ってしまった。


「翔くん…やっほー…」

「おい那月!それならそうと先に言えよ!」


顔を真っ赤にした翔くんは那月に向かって大声で叫ぶ。トレードマークの帽子がズレていることにも気が付いていないようだった。


…そりゃあ気まずかったよね。


「あ、じゃあ翔ちゃん。今夜は別の場所で寝てください」

「「は?」」


私と翔くんの声が重なって、私たちはお互いの目を合わせた。そして同時に那月の方を向く。彼は黒い笑みを浮かべ、私をぐいと抱き寄せた。


「ちょ…なによ」

「今夜はお楽しみですから。翔ちゃんにも邪魔はさせません」







(何言ってんの離して那月!夕飯どうすんの!)
(貴女をいただきますから十分です)
(ああもうなんなのお前ら!)






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