短編

□poco a poco
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−−−爽やかな風が木々の間を葉を揺らしながら、さらさらと通り抜けた。見上げれば雲一つない青空に、飛行機が飛んでいくのが見えた。そして陽光が暖かい。


「莉音ちゃん…?どうかしましたか?」


窓辺で外を眺めていた莉音は、後ろからの那月の言葉でハッと我に帰った。


「ううん、なんでもないの」


慌てて答えた莉音は、窓を閉めようと手を伸ばす。しかしその手はやんわりと那月によって止められてしまった。


「那月…くん?」

「開けておきましょう」

「でも、歌の練習…」

「休日ですから、大丈夫ですよ」


那月はニコッと笑って手を莉音の肩に置き、では早速練習みてもらえますか?と耳元で囁いた。そして答える間もなく、腕を引かれて部屋の真ん中へと誘われる。



定期試験が近く、休日返上で歌の練習をすることになった二人は、今那月の部屋にいた。というのも、試験が近いために音楽室など個人練習ができるスペースが埋まり、空いていなかったのである。そして仕方なく、キーボードを持って那月の部屋で練習することになったのだ。









私は座り、床に置かれたキーボードで旋律を弾きながら、那月くんの歌声を聴く。彼の歌声は、"聴く"というよりは"感じる"の方が正しいのでは、と思うくらいすぅっと自然に入っていく。


…あっ


私は一旦キーボードを弾くのを止めて、那月くんに呼び掛ける。


「那月くん、今のフレーズのCのピッチが若干低かったかも…」

「だからおかしかったんだ!少し変だなぁ、て思ってたんですよ。ありがとう、莉音ちゃん」


すると那月は莉音の傍らにやってきて、音を確認するためにキーボードに触れながら、声を出す。



…近い。
私は気が気ではなかった。彼の歌声を間近で聴けるのは嬉しいけれど、肩と肩が触れ合いそうで…。


「どうでしょう?」

「へっ?」


前を向いていた那月が突如莉音の方を向いた瞬間、莉音はズザーっと勢いよく後ろへ下がる。その様子を不可思議な目で見つめた那月は、更に莉音に近付いた。そしてしゃがみ込むと、彼女の頬を包み込むように両手で触れ、心配そうに見つめる。


「顔、真っ赤ですよ…?」

「な、なんでもないですって!続き、やりましょうさあ!」


莉音の様子にくすくすと笑った那月は、彼女の頭にポンと触れ、お願いしますね、と呟きながら立ち上がった。










「…ちょっと疲れちゃいましたねぇ」


気がつけば、開けっ放しの窓からは冷たい風が吹き、濃紺の空には星が瞬いているのが見える。そして柔らかな月の光が那月の部屋へ差し込んでいる。


「喉、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、それよりも僕は…貴女の方が心配です」


那月は急に顔を曇らせると、キーボードの横にちょこんと座っている莉音に近付き、前からぎゅうっと抱きしめた。


「あ、あのあのあの!」


那月はジタバタと暴れる彼女のことはお構いなしに、背中に回した手を強める。


「こんなに…疲れた顔をして…」

「は、離してくだ…」

「嫌です」

「…は…?」

「莉音ちゃん…僕は貴女が」

「…!?」

「…好きなんです」


それを聞いた莉音はピタッと動きを止めた。那月は彼女の背中に回していた手を彼女の両肩に置いて、ぐいと自分から離した。その後、何も言わず下を向いたままの莉音の顎を掬い、真っ直ぐな瞳を向けた。


「…僕を見て…莉音ちゃん…」


突如低音で囁かれた莉音はびくっと体を震わせると、目をちらりと那月に向け、声を絞り出す。


「わ、私…まだよくわからない…だってそんな急に…」


すると、那月はふーむ、と少し考えてニッコリと微笑んだ。


「じゃあ、僕が少しずつ教えてあげます。だから安心…して?」

「…」

「それでは…まず、"那月"と呼んでください。さあ…莉音?」


顔から湯気が出そうになっている莉音は、この那月の爽やかな笑顔が黒オーラで纏われているように思えてならなかった。


「…那…月?」

「はい、よくできました」


そう言うと那月は素早い動きで彼女を抱き寄せ、頬に軽くキスを施し、耳元で囁いた。


「今日は頬で我慢しますけど、次は覚悟してくださいよ」






(ただいまー!ってお前ら何やって…)
(あ、翔ちゃんおかえりなさーい!)
(はぁ…びっくりした)





→あとがき
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