短編2
□Le passé et le futur
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柔らかな日差し。生温かい風。その風に吹かれて、桜の花びらが舞っている。そしてそれは緑色をした芝生の上へとひらりひらり落ちていく。私はその光景に目を奪われた。懐かしい-------そう、感じたのである。
「莉音ちゃん、」
後ろから彼の声が聞こえた。私が振り返ると彼は、那月は、私の頭に手のひらをのせて風で乱れた髪を整えた。それから微笑むと、整えていた手をこちらに見せた。
「桜が、貴女にも咲いていました」
彼は、私の頭の上にのっていたであろう花びらを見せると、風が吹いた瞬間にそっと離した。その花びらは下に落ちることはなく、風に乗ってどこまでもどこまでも飛んでいく。
「…前にもこんなことがありましたね」
「そうだね…初めて会ったとき、のことだよね」
そう答えると那月は嬉しそうに微笑み、そして目を細めて桜を見上げた。私は思わず那月の手をそっと握る。-----なんだか消えてしまいそうに見えたから。
「あれから、2年ですか。とても短く感じました。早乙女学園に入って貴女に出会い、そしてアイドルになって…」
そこで彼は一呼吸おくと、桜から目を離して私の目をじっと見つめた。眼鏡の奥の緑色の瞳が、真剣味を帯びている。
「貴女と恋人になれた」
「そうだね、その間にもいろいろなことがあったよね」
私は彼の瞳をじっと見つめ返す。そして微笑んだ。今までの記憶を思い出したからだ。彼と一緒に料理を作ったことや、夏祭り、それにハロウィンやクリスマス。季節のイベントごとには、隣にいつも彼がいた。もちろんそれだけじゃない。楽曲のことでは何度かぶつかったりもしたし、彼が失踪したときには本当に驚いた。だけど、そんな思い出の一つ一つに彼という存在があった。
「なんでそんなに笑ってるんですかぁ?」
考え込んでいた私を、きょとんと覗き込んできた彼。私はそんな彼をかわいいと思って、頬にそっとキスをした。すると彼は嬉しそうに微笑んだ後、私の腰に手を回し唇を重ねた。1回だけのキスだったけれど、優しくて、彼の愛情が全て伝わってきた。
「莉音ちゃん、愛しています」
「うん、私も愛してる」
そうしてしばらく二人で見つめあった後、彼は私を離すと、話したいことがあるんです、少し歩きませんか?と提案した。私は、すぐに頷くと彼に手を引かれるままに歩きはじめた。
ここは、早乙女の敷地内にある公園で、春になれば桜が咲き、夏になればひまわりも咲く、秋になれば落ち葉が舞って、冬になれば湖が凍る。動物だっているし、川だって流れている。ただ歩くといっても、全て周るのには時間がかかるだろう。けれど、この環境の中で歌詞を作ったり作曲をしたりする人はとても多い。
「ふふっ、そういえばそんなこともありましたねぇ、あのときの莉音ちゃんかわいかったなぁ」
「那月だって、こんな失敗してたじゃない」
私たちだって、それは例外じゃなかった。何度もこの公園に足を運び、ピクニックしながら曲作りをした。だから、たくさんの思い出がここにはつまっている。それを一つ一つ確認するように、私たちは思い出を語り合った。
しばらく歩き回って、彼は湖近くの建物で足を止めた。ここは、そう…一番想いが深いところかもしれない。
「ねぇ…覚えていますか?ここは、僕が貴女に…想いを告げた場所だって」
彼は湖を見つめながら、そしてあのときを懐かしむように、けれど少し緊張の色を含んだ物言いで語りはじめた。
「もちろんだよ」
「あのとき、僕は貴女に歌詞ができましたって、ここで聴いて欲しいって、貴女を呼び出したんですよね」
「そう、そこで…」
「貴女への愛を歌った…」
そこで彼は私を見つめ、繋いでいた手を離した。彼の瞳は、真剣そのものだった。そして、意を決したように口を開く。
「僕はここで運命が変わった、て思っているんです。貴女への愛を知って、歌詞に深みが出て、歌も変わったと思っています。」
「うん」
「僕はまた、ここで運命を変えたい」
すると彼は私の目の前で跪いて、驚く私のことをしっかりと見据え、小箱をそっと差し出した。それから、彼は言葉を紡いだ。
「僕と、結婚していただけませんか」
彼の言葉は私の心にまっすぐと伝わった。私は何度も何度も頷いて、ようやく言葉を返した。そのときには、気がつかずに涙が流れていた。
「は、はい…よろしく…お願いします」
そう伝えたときには私はもう彼の腕の中にいて、声を出す間もなく那月に口づけられていて。彼は愛おしそうに、何度も私に口づけをすると、もう離さない…と耳元で囁いた。
「貴女を…幸せにしてみせます」
(ねぇ…指をかして?)
(うん…)
(ほら、とても似合っています)
(ありがとう)