短編2
□C'est plus sucré que le chocolat
1ページ/1ページ
早乙女学園は恋愛禁止。けれど、私と那月は恋人関係にある。文化祭の頃辺りから付き合いはじめているから、割と長く続いているかもしれない。勿論私は、そんな彼にバレンタインのチョコを渡そうと、フォンダンショコラを手作りし、メッセージカードをいれて、かわいくラッピングをして準備万端で彼に会おうとしているところだった。
さすがに学校では彼に本命として渡せないので、放課後に二人で待ち合わせをしたのだ。
待ち合わせ場所は、水がはって人工的に湖のようになっている場所だ。周りは木々に囲まれ、昼は明るく、夜になれば幻想的な雰囲気を醸し出す不思議な場所。
私はそこに向かおうと、道を歩いていく。すると偶然にも那月が見えた。彼は身長が高いからどこからでも見つけやすいのだが。
私は手を振ってそちらに向かおうとした。しかし突如、自分の足が止まったのに気がつく。私の目に、那月と女の子の姿が映ったのだ。二人きりで、何やら楽しそうだ。
(なんだろう、嫌だな)
私はその光景を見ていたくなくて、ふい、と背中を向けようとしたのだが、その瞬間、彼と女の子の距離が縮まり……
(キス……!?)
日頃からスキンシップが激しい彼だが、さすがに唇にキスをすることは私以外にないはずだった。………はずだった。この言葉が心にズシリと重くのしかかり、私は俯いた。一生懸命ラッピングしたそれの、リボンが解けかかっているのを直す気力もない。
「あれ…?莉音ちゃん…?ああっ莉音ちゃんだぁ!」
遠くから聞こえる優しい声が、今や雑音にしかならない。私に気がつきこちらに向かってきた彼に、私は勢いよくラッピングしたそれを投げつけると、何も言わずに走った。彼のお腹にクリーンヒットしたらしいそれは、ぐちゃぐちゃになって地面へ落ちた。
「どこに行くの?莉音ちゃん、莉音ちゃん!」
彼の切なげな声が心を打ったが、私は走りつづけた。どこに向かっているのかもわからない。ただ、道を濡らしながら真っ直ぐ進むだけ………………
結局、私は待ち合わせ場所などには行かず自分の部屋に帰った。暖かくて居心地がいい。テレビをつけて、気を紛らわす。
(あ、ぴよちゃん………)
CMになって、ぴよちゃんが画面に映る。私は反射的に携帯に手を伸ばした。私の携帯についた、ハートの半分を持つリボンをつけたぴよちゃんをじっと見つめる。このハートのもう半分を持っているのは、那月の携帯についたぴよちゃんだ。
(どうして…………)
私の疑問と気持ちに比例するように、窓の外は暗くなり、大粒の雨が降ってきた。そしてついには雷まで鳴り出す。家に帰ってきておいてよかった、なんて思う私に腹が立った。
♪〜
(ん…?)
あれから泣きつかれて眠ってしまったらしい私は、携帯の着信で目が覚めた。もしかして那月かも、なんて期待を持ちながら確認すれば、来栖翔、の文字。
「お前、那月知らないか?」
「知らないよ、なんで」
つっけんどんに言い返した私に、翔くんはうろたえたようだ。
「……もうこんな時間なのに帰ってこねーんだ。天気だって悪いのに。お前と会ってるのかな、なんて思ったんだけど…」
「…」
「会ってたんじゃねーのか?」
「…心当たりは………ある」
「なら、迎えにいってやってくんねーか?何があったか知らねーが…あいつには今、お前が1番必要じゃないのか?」
私たちの関係を知っている翔くんの言葉が心に響く。私は時計を確認すると、携帯をそのままにして慌てて部屋を出た。驚いたルームメイトが私を呼び止める声も無視して。
時間は午後9時過ぎをまわっていた。まさか…まさか…とは思いつつ、私は彼との待ち合わせ場所だったところへ急ぐ。傘をさしていた私だが、走っているのに邪魔だからといって閉じてしまった。
涙なのか雨なのかさっぱりわからない。けれど、大雨が降ってくれたおかげで言い訳はできそうだ。
「…っ!那月!?」
「あっ、莉音ちゃん!こんばんはぁ」
彼はいた。そこにいた。私が自分でぐちゃぐちゃにしたそれを、濡れないように大事に守りながら。そのかわり、彼がびしょびしょのぐちゃぐちゃだ。
「まだ、食べていないんです。貴女の前で食べたくて…」
にこにこ、と朗らかに笑う彼は、私を責めようとはせず、濡れてはりついてしまった前髪を拭った。
「どうして……いるの」
「貴女と、待ち合わせをしていたでしょう…?だから…」
「そういうことじゃない!」
思わず強く出た言葉に、彼は少し驚いたものの、ふわりと笑って私の頭を撫でた。そして抱き寄せる。
「貴女に会いたかったから…じゃ答えになりませんか?」
「やめて…」
甘い言葉が耳をくすぐる。しかしこの言葉が私だけにあてられたものじゃないことを知ってしまった今、素直に受け入れられない。
けれど…………離れられない。
「私…見た。那月が他の女の子と二人きりでいて、キスしてるとこ」
「…キス?」
彼はきょとんとして、私をじっと見つめた。自分には非がないと主張するように。そのエメラルドの瞳には今、私しか映っていない。
「僕…今日、確かに女の子と二人きりでいました。バレンタインのチョコをもらったんです。でも…キスは…」
「…してた。那月が背中を屈めて…。…私は那月の後ろ姿で判断したんだけど」
困惑していた彼は、ああ!と頷くと私にキスしようと近付いてきた……………私は驚き目を閉じて…………
「莉音ちゃん…目にゴミがついてます」
は?
私は慌てて目を拭うと、彼をキッと睨みつけた。今はそんな話をしている場合じゃない。
「あのね那月…」
「貴女にはゴミはついていませんでした。でも、彼女にはついていた…だから、こうやってとってあげたんです」
そう言って優しく私の目尻を親指で擦ると、にこりと笑って私の頬にキスした。
「これがキスに見えたのかもしれませんねぇ」
楽しそうに笑う彼とは反対に、私は恥ずかしさで顔を真っ赤にして俯いた。なんて恥ずかしい、幼い勘違いをしてしまったんだろう、と。そしてその勘違いのために、彼とチョコレートをぐちゃぐちゃにしてしまった。
俯いた私を、彼は後ろから抱きしめてそっと耳元にキスをした。そして堪えられなかったのか、ふふっと笑う声が耳をくすぐる。
「莉音ちゃん、嫉妬してくれたんですかぁ?」
「…ち、違う!…でも…だって…」
「かわいいです、そんな貴女も」
ますます強く抱きしめられ、雨に濡れた体が熱くなるのを感じた。彼が傍にいてくれるだけで、こんなにも…あったかい…
「…ごめんね」
勝手に勘違いして、ずぶ濡れにさせて、チョコレートも台なしにして、
「…?」
彼は私の気持ちを知ってか知らずか、きょとん、として頭を撫でた。そして私を反転させ、向き合うと顎を掬った。それから爽やかに微笑むとこう言う。
「バレンタインデーですし、とびきり甘いものをいただきますねぇ」
「えっと…チョコは、あの……んっ…」
甘い甘い、熱くとろけるようなキス。彼のものが、私のものと深く絡み合う………。私たちは雨が降りしきる中、お互いを求め続けた。
(…っくしゅん!)
(絶対風邪引いたよこれ……)
(貴女に看病されるなら本望です…添い寝してください)
(…下心が見えるからやだ)