短編2
□une future promesse
1ページ/2ページ
−−−12月24日の、19時30分にいつもの時計台で待ち合わせしましょう。那月
先週、家のポストに入っていたのは可愛らしいぴよちゃんのポストカードだった。そこに書いてあったのは、僅かこれだけ。しかし私にとっては嬉しいことで、当日になるまで机の上に飾っては毎日眺めてにこにこしていた。
彼は早乙女学園を卒業し、シャイニング事務所所属のアイドルの卵。私も早乙女学園卒業で、所属さえ違うものの作曲家の卵。そして、彼の…恋人。私もシャイニング事務所であれば、部屋が近くて会うことも簡単だったかもしれない。しかし私は、自ら未知の世界に飛び込むことを決意し、シャイニング事務所のスカウトを蹴ったのだ。那月とのこともあったし。
そんなこともあり、最近は全然会っていない。だから、私は念入りに仕度をして、1時間前には既に待ち合わせ場所に着いていた。ウキウキして家でじっとはしていられなかったから。
時計台に着くと、周りにはカップルが大勢いた。ここは駅前だし、待ち合わせ場所としても有名だった。更に、クリスマスシーズンは夜になると綺麗なイルミネーションが点灯しているのだ。そんなわけあって、私は冷たくなった手の平をはぁ、と息で暖めながら、イルミネーションを眺めつつ待っていた。
そんなとき、肩に手が置かれた。まさかまだ待ち合わせには1時間もあるのに、そんな…と訝しく思いながらも緩む頬を隠し切れずに振り向くと、そこには金髪の彼。
「やあ、子羊ちゃん」
(…なんだ)
落胆した気持ちを隠すように、笑いながら挨拶をすると、彼は苦笑いを返してきた。
「俺にはわかってるよ、シノミーじゃなくてがっかりしたんだろう?」
「…神宮寺くんはデートですか?」
その質問をスルーし、こちらが質問をすると、やれやれとため息をついて彼は仕事だよ、と答えた。どうやら生放送の仕事らしい。私は気の毒だな、と苦笑いを浮かべる。
「テレビの前の全国のレディが、俺をお待ちかねのようだ」
「大変ですね…」
「だが…生放送が終わればフリーだからね、好きにさせてもらうよ」
そして、手を振って去っていってしまう。私も手を振っていたその刹那、後ろからおもいきり何かが覆いかぶさってきた。
「莉音ちゃん…!もしかして待った…?こんなに身体が冷たい…」
「…那月…久しぶり!」
ようやく落ち着いた那月は、私から離れてにこにこと笑った。そして、冷たくなった手を握ると自分のコートのポケットにいれる。
「こうすれば、温かいでしょう…?」
「あ、ありがとう…」
「貴女の温もり、久しぶりだなぁ…大好きです」
ちゅ
軽いリップ音とともに、唇に柔らかい感触。いくら暗いとはいえ、こんなに人通りのあるところで……!アイドルの卵なんだから!と言いかけて、私はやめた。なんだかんだ嬉しかったから。
「…那月ってば、もう…!」
「ふふっ、照れてるの?相変わらず可愛いなぁ、ちゅっ」
今度は左頬。私はこの空気に耐えかねて、思わず那月の手をぎゅっと握って、ぷいとそっぽを向く。
「早く、イルミネーション見ようよ!」
「はい、わかりました…僕の天使…」
ふふっと笑いながら、彼は優しく手を引いて歩き出す。お互い、今日までのいろんな出来事を話しながら………
「綺麗…」
「本当に、そう思います」
イルミネーションの中を歩きながら、私たちは感嘆のため息をつきっぱなしだった。とある公園一帯に作られたイルミネーションの飾りは、どこかのテーマパークのようにロマンチックで、時間を忘れてしまうくらいだった。ベンチに座ってキスを交わすカップルも、プレゼント交換をしているカップルも…溢れていた。
「だけど、なんだか落ち着きませんね…」
「ん、なんで…?こんなに綺麗なのに…」
「なんでだろう…あ、そうか…ディナーの予約をしていたからですねぇ」
「ディナー…時間は大丈夫なの!?」
「はい、まだ大丈夫です。ゆっくり歩いて行きましょうか」
そう言って、彼はまた私の手を優しく握って歩いて行った。その間、私たちの話しは尽きることがなく、終始にこやかでほのぼのとしていた。
歩きながら楽しく会話をしているときだった。スッと彼の手が離れる。私は、何がなんだかわからなくて、少し寂しい気持ちがして、彼を見上げた。すると彼はふわりと笑い、繋いでいた手を変えて、またコートのポケットにいれたのだ。
「?」
「危ないから…。貴女は、歩道側を歩いてくださいね」
「ありがと…」
曲がり角を曲がって、私が道路側を歩くのが彼にとっては心配だったらしい。私は小さな彼の優しさに、胸が破裂しそうになった。
ディナーを終えて、私は那月と歩いていた。彼には向かう場所があるらしいのだが、私が質問をするとにこっと笑って、内緒ですよぉ、としか言わなかった。
都会の華やかな輝き、また喧騒から少し離れると辺りは真っ暗で、人通りも減っていく。私はなんだか怖くなって、ぎゅっと腕に抱き着く。
「どうしたの…?」
「ちょっと不安に…」
「大丈夫、僕がいるから…」
そう言うと彼は立ち止まって唇にキスをして、私があたふたしている間にひょいと抱き上げてしまった。
「え!…那月、私重いから!」
「そんなことないですよぉ、それに…ここからは少し山道だから、その靴じゃあ危ないです」
(山道!?)
私は内心ドキドキでたまらなかったが、彼の首にぎゅっと巻き付いて、全てを彼に託すことに決めた。
歩くこと10分程…であろうか、山道を抜けた先には……濃紺の空に、数えきれない程の星がちりばめられている光景が広がっていた。スパンコールのように瞬く星の横で、ぼんやり優しく光る月は三日月で、幻想的な雰囲気を醸し出す。
すっと私を降ろし、隣に座りこんだ彼は星空を見上げてふわりと笑った。そして私を隣に座らせ、腰に腕を巻き付ける。
「綺麗、でしょう…?僕の故郷から見える星空にそっくりなんです」
「うん…人も全然いないし、やっぱり自然がいいね…」
そう言うと、彼は嬉しそうに頷き私を抱きしめ、そのまま芝生に寝転がる。そして私を見つめ、にこりと笑った。
「嬉しいです。僕…さっき落ち着かなかった理由がわかったんです。イルミネーションも綺麗だけど、僕は光ならこっちが好きなんだって…」
「そっか…でも、私は落ち着かないな。那月と二人きりだから…」
ふと思ったことが口に出て、私は慌てて口を手で隠した。すると、彼は楽しそうにその手を退かして啄むようにキスを仕掛ける。そして強く抱きしめた。
「可愛いなぁ…。早い鼓動が伝わってくる…」
「那月の温もりも…」
「貴女に寒い思いをさせたくないから…もっとぎゅーっ」
「はわわ…那月…っ」
抱きしめられてから、彼は夢中になって私の唇に長く深いキスをする。ときどき漏れるお互いの声は艶やかで、二人はしばらくお互いを求めあった。
「ん…那月ったら…はぁ…」
「ごめんね、貴女への愛が溢れて止まらなくて…」
そう言って笑う彼は全く反省していないようで。そしてそれにつられる私も、私で。すると彼は、笑う私の額にキスをしてから小さな包みを取り出した。
「クリスマスプレゼント、です」
「わぁ、開けてもいい…?」
「勿論ですよぉ」
星明かりに照らされて私は、可愛く包装された包みを開けていく。そして中からでてきたのは、くまさんのキーホルダー。ぬいぐるみで、ふわふわとしていた。
「可愛い!ありがとうっ」
私がずっと欲しかった、くまだった。自分で買うには手が届かなくて…でも、那月には言ってなかったのに何故…。そう質問すると、彼は、よくそのくまを見ていたから、と笑った。
「それから…」
「…?あっ!」
そのくまさんは、腕輪をしていた。取り外しのできるそれは…
「指輪…です。僕と、結婚してくれませんか…」
(え、ええっ!)
(今じゃなくて…僕がもっと有名になったら、ね)
(…はい、もちろん)
(…ちゅっ)
→あとがき