短編2

□悪戯は蜜のように甘く
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「あ、あの…莉音ちゃん!聞きましたか?…はぁ、はぁ」


私は夕陽が差し込む教室の中で、楽譜とにらめっこをしていた。隣には聖川くん。私は彼のパートナーなのだ。そこへ、息を切らしてやってきたのは、春歌ちゃん。

続いてAクラスで、私がそれなりに仲良くしてもらっているメンバーが入ってくる。クラスの人気者一十木くんと、男気溢れるトモちゃん、それに天然記念物のなっちゃん。


「一体どうしたというんだ」

「やっぱマサ達知らなかったんだね!」

「今年のハロウィンは仮面舞踏会を行うそうなんですよぉ」


なっちゃんは楽しそうにふわりと笑う。その様子にほっこりしながらも、私は普通のハロウィンでないことに少し安心した。彼にお菓子配りなどさせようものなら…この学校の歴史を塗り変えることになっただろうから。



その後、彼らに仮面舞踏会について話をよくよく聞いて、なんとなく意味がわかってきた。

要するに、アイドルコースの演技の練習、またそのような正式な場でのマナーなどを学ぶため…らしい。私には全て後付けの理由にしか思えなかったけれども。

そして男女でパートナーを組まなければならないらしい。私はなんて厄介なんだと思った。普通ならパートナーである聖川くんが、私をリードしてくれてもいいはずだが彼は春歌ちゃんに惚れている。

案の定、聖川くんはそわそわと春歌ちゃんを見て、タイミングをはかっていた。


「七海…その、お前がよければなんだが…」


始まった。私は、聖川くんを心の中で応援しつつ自分のことを考える。

一緒に行きたい人がいないわけではない。気になる彼はいつも優しくて、ふわふわ…。でもそんな彼のパートナーは女の子。彼らはとても仲がいいから二人で行くんだろう。


「はぁ…」

「どうしましたかぁ?」


私は輪から離れて、窓際に寄っていた。そして思わずため息をついた私の横から、なっちゃんが顔を覗き込んでいて。不意打ちのことに内心ドキドキしながら私は、気持ちを正直に話す。


「仮面舞踏会なんて…行かないことにしようかな」

「どうしてですか…?」

「行く人いないし…」


すると彼は何故だか顔をぱあっと輝かせて、私の手を優しく包んだ。そして特徴的なアホ毛をくるくる動かしながら、にこにこ笑ってこう告げた。


「なら、僕と一緒に行きましょう!」











当日の夜…外に出た私は空を仰いだ。うっすらと雲がかかり、月が朧げに夜の闇に浮かんでいる。普段ならよく見える星々も今夜はその輝きを失い、ハロウィンらしい、不気味な夜だった。

私は春歌ちゃんとトモちゃんと一緒に選んだドレスと仮面をつけて、待ち合わせ場所へと急いだ。


「…なっちゃん?」


ここを待ち合わせ場所にしたペアは少なかったらしく、私が行ったときには一人しか立っていなかった。

そして仮面をつけたままだと、お互いが誰だか確証がつかなくて、私は彼の名前を口にした。

するとその瞬間、グイと腕を引っ張られて、私は彼の胸の中に抱きしめられて。


意味がわからなかった。私の思考回路が停止する。


「可愛い…ですね」


ぽつりと呟いた彼の声は、間違いなくなっちゃんだった。だが"なっちゃん"というあだ名が憚られるくらいに、今夜の彼はまとう雰囲気が違っていた。


「やめ…て」


私が拒否をすれば、彼はしょぼんとしながら私を離した。しかしそれからにこにこ笑って、こう告げる。


「今夜は誰が誰だかわかりません…だから、素直になっていいんですよぉ」


そして挨拶だとばかりに頬にキスをすると、私の手を自分の腕に掴ませた。そして私を見つめて、ふわりと笑う。


「今だけは…僕のプリンセスですから」


そういって歩きだす彼に、私の心臓は爆発しそうなくらい活発に動き出した。










会場は、ただただ華やかだった。オレンジと黒を基調にしたハロウィンらしい飾りに、仮面舞踏会らしい燭台やシャンデリアが輝いている。辺りを見回せば、色とりどりのドレスを着飾る女の子たちに、仮面が華やかな男性陣。そして豪華な食事さえ用意され、またオーケストラまでいた。


「すごい…ここまでやるの…?」

「本当に綺麗…こんなところで踊る経験なんて滅多にないでしょうね」


彼はそう言うと、きょろきょろと落ち着きがない私の腰に手をまわして、じっと見つめる。そしてこう告げた。


「僕に…ついてきていただけますか」

「…はい」


その瞬間、オーケストラがワルツを奏で始める。彼の足が軽やかにステップを踏み出した。私はダンス経験などなく、足がおぼつかないがなんとか彼に合わせていく。


「…うまいね…私全然踊れな…」

「リズムを感じて…僕に合わせていれば大丈夫です。…つまり…僕を感じてほしい」


彼はそう言うと、少し密着させながら踊りだす。手から伝わる熱で、私は溶けてしまいそうだった。普段はあんなに天然なのに…今夜はこんなにも…紳士的で。

彼のギャップに心打たれ、私はまともに彼を見られない。"気になる"存在が"好き"に変わってしまったのに気付き、私は咄嗟に彼の手を振り払ってしまった。


「ごめん…!ちょっと気分が…外行ってくる…」


私はそれだけ告げると、重いドレスを持ち上げながらきらびやかな会場から出た。外はひんやりしていてとても寒く、私は出てきたことを少し後悔した。そして、私は近くのベンチに座って仮面を剥ぎ取った。


"恋愛禁止令"


この言葉が脳裏に浮かんで離れなかった。私が好きだと伝えてしまえば、それで終わり。だから片思いでいればいいだけの話だ。そんな簡単なことなのに、私には辛かった。永遠に片思いは辛い。




熱いものが込み上げて、瞳を濡らす。伝えられない想いが涙となって溢れてくる。私はどうしようもなく、彼が好きだったのだ。


ふわり




突如、肩に上着がかけられるのを感じて私は後ろを振り返った。すると、そこにはなっちゃんがいて…。私は嬉しくて何も言えずに彼の胸で涙を流した。



「莉音ちゃん…?具合が悪くて泣いてるの…?大丈夫ですか…」


優しく抱き留めて、背中を撫でてくれる彼の温もりは、私には温度が高すぎた。


「…なっちゃん、ごめんね」

「どうして謝るんですか?」

「途中で抜け出して…」


私は彼の胸から離れて涙を拭うと、空を見上げた。先ほどまで曇り空だった空に、星がキラキラと瞬いていた。そして、まばゆい程に月が夜道を照らす。


「それは大丈夫です…それよりも、」


彼は私の手を優しく包むと、同じように空を見上げてぽつりぽつりと話し始める。真面目に話す横顔は、普段と違うものだった。


「僕は貴女にいつも笑っていてほしいのに…貴女の笑顔さえ守ることができなかった。…だから…」

「…?」


すると彼は空から私に目を移し、ふわりと笑った。そして私の手の甲にキスを軽くすると、悪戯っぽく笑う。


「trick or treat!」

「えっ!?お菓子なんて…」

「ふふっじゃあ…悪戯しなくちゃいけませんねぇ」

「…!?」


彼は、ずいずいと私の傍によると腰に手をまわして、唇を耳元に寄せた。そして、ふっと息を吹き掛ける。


「きゃっ…」

「可愛い……ねぇ、キスしてもいいですか…?」


彼は懇願するように私の耳元で呟いた。彼がわざわざ許可をとるのは、昔、いきなり頬にキスをされたときにかなり怒ったからだろう。私はそう判断して頬を差し出した。悪戯なんだから、しょうがないと自分に言い訳をして。


「お菓子持ってないからね…うん、いいよ」


私は目を閉じて頬を差し出す。



ちゅ



しかし柔らかい感触は、私の予想外なところからだった。彼は、私の唇にキスをしたのだ。私が驚いて目を開くと、彼はふふっと笑った。


「悪戯…というよりtreatでした…甘いです」

「なっちゃん!何し…」


私が慌てて抗議をすると、彼はしーっと唇に人差し指をあてて、私の言葉を遮った。そして、額にもキスをすると、こう告げる。


「僕だけのプリンセスになってください、ね?」






(はぁ?いきなり何言って…)
(だってダンスのとき、僕についてきてくれるって言ったじゃないですかぁ)
(…いや、そういう意味に捉えられな…)
(騒がしい口は塞ぎましょうねぇ、ちゅ)

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