えほん

□溺愛
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心配性受け





アツシは心配性だ。
と言うより、あれは心の病気だ。俺は医者でもないのにアツシの病状から勝手に強迫性障害だと思っていた。アツシには面倒な決まり事が多い。
まず確認作業が多い。水道やガスの元栓、家の鍵をちゃんと閉めたか何度も何度も声に出して指差し確認をする。けれど、そこまでしても不安になってしまうのか、また戻って同じことを繰り返すということがよくある。



それから一日に何度も入浴して着替える。洗い方も決まっているらしく、それを少しでも違えると一からやり直し。それでなくとも『もしかしたら洗い残しているところがあるかもしれない』と言って、2回以上も身体を洗うのは異常だ。肌は夏でも乾燥している。



あとは常に考えても仕方ないことを考えて毎日その妄想に怯えている。
例えば『道を歩いていたら誰かに刺し殺されるんじゃないか』とか『駅のホームから突き落とされるんじゃないか』とか本気でそう思って本気で怯えている。



「こんなの、おかしいよね。」



アツシ自身も馬鹿らしいことをしている、考えているという意識はあるらしく、それに酷くうんざりしているようだった。



「面倒臭いよね、俺って。」



アツシには親しい友達はいない。そりゃあそうだろう。こんな面倒臭い奴には誰も付き合い切れない。確かに俺だって面倒臭いとは思うが、それ以上にアツシのことが好きだった。



「酷いことをしているっていう自覚はあるんだ。もう、俺のこと嫌いになっちゃった??」



ぽろぽろと涙を零しながら全身で縋り付いてくるアツシを突き放すことなんて俺には出来ない。
涙を指先で拭ってやり、それでも零れ落ちてくる涙を舌先でぺろりと舐めあげる。



潔癖症でもあるアツシだけれど俺には触れるし、触られても嫌な顔はしない。キスも出来るしセックスも出来る。そう言えば、全部俺が初めてだと言っていた。俺以外とはこんなこと気持ち悪くて出来ないと。



(そういうところも愛しくって堪らない。)



「別に。気にしてない。」



「レイちゃん、本当に?」



「本当に。」



俺がそう言うと、アツシは耐え切れないと悲鳴のような泣き声をあげた。



「でも、こうするしかなかったんだよ。どうしようもなく不安で不安で仕方なかったんだ。」



「うん、分かってるよ。」



そうやって何でも言うことを聞いてやっていたことがアツシの病状を更に悪化させてしまったのかもしれない。



アツシはついに俺を監禁した。



アツシは怖いのだと言う。



俺が刺し殺されてしまうことが、駅のホームから突き落とされてしまうことが。



『車の運転なんて止めて。ぶつかったらどうするの?』



『エレベーターになんて乗らないで。落ちたらどうするの?』



『外食はしないで。毒が入ってくれるかもしれないから。』



『雨の日は外に出ないで。傘で視界も悪くなるし、滑って転んでしまったらどうするの?』



『高い建物の下は歩かないで。木の下は歩かないで。人のいる所にはいかないで。誰とも会わないで。』



『もう、ここから出ないで。』



『死んでしまうかもしれないから。』



エスカレートしていく要求。俺はそれ等を嫌な顔ひとつしないで全部のんできた。こんなことでアツシの不安が和らぐのなら、と。



「ごめんね、ごめんね、ごめんね、レイちゃん。本当にごめんね。」



それが更にアツシの不安を膨らませていったのだろう。



(もう、俺の存在そのものが“不安そのもの”になってしまったんだろう?)



「このままだと、俺、」



「いつか本当にレイちゃんのことを殺してしまうよ。」



不安を殺す最善の方法に気付いていながら、それを実行出来ないで泣きじゃくるアツシに「それでも、いっそ構わない」と囁いて、



胸の中に閉じ込めた。










(ごめんな。)










おしまい

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