main‐雪燐‐

□君以上僕未満
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「―本当にねぇ、困るんですよ…」
「…すみません。よく言い聞かせますんで…
オラッ!お前も謝れ!」



―毎度毎度同じ事の繰り返し…
俺が悪いワケじゃないのに…
アイツが人の気持ちを馬鹿にするから…

俺は悪くないのに…



言いたい言葉が次々に生まれ…
消えていく。

―どうせ言ったって無駄だから…

なんで俺はいつもこうなんだろう…
なんで俺ばっかりが責められるんだろう…
なんで俺ばっかり……
なんでなんでなんで…

別に迷惑をかけたいわけじゃない
誰かを傷つけたいわけじゃない
ジジイに頭を下げさせたいわけじゃない

ただ…

…ただ…?

俺は何がしたい…?
俺はどうしたい…?


そんな自問自答が頭の中を駆けめぐる。









「―兄さん?」
「ッ!?……雪男…」
あれ…?
俺、いつ帰ってきたっけ…?

…あぁ、あのまままっすぐ帰ってきたんだっけ…


「電気も点けないで…何やってるの」

「…別に、何もしてねぇけど…」

雪男の視線が俺の顔からゆっくりと下がっていく

「…ッ!?…兄さん、それ…どうしたの?」
視線の先をたどると…

―…あ、…そっか。
俺、カッターで手首……

見るからに痛々しい手首の傷は血が固まり、一本の糸ぐらいの細さで赤黒く腫れている。

「…あ、悪ィ。見苦しいモン見せちまったな…」
ハハッ…、と乾いた笑いを見せる燐とは反対に雪男の目は燐の顔を捉えて離さない。

雪男は無言で燐の足元に落ちていたカッターを拾い上げる。
「…兄さん、何考えてるの?」
「…は?」
「ねぇ、まさか死ぬ気でソレ…やったの?」
燐の手首を指差しながら言う。

「…ねぇ?答えてよ」
「…何、言って…」

―なんで…?
雪男が怒ってる…
…また…迷惑かけた…?



「悪い…。床は…ちゃんと…綺麗にしとく、から…」
上手く言葉が出ない…
なんで…
俺ってこうなるんだろう迷惑かける気は無いのに…

自分が…ダメに思えてくる…
とうとう…弟にも…
迷惑かけた…


「兄さん、答えて」

…ほら、怒ってる…
きっと…俺がダメだから…
ごめんなさい、
ごめんなさい。


「ごめっ…」
「“ごめん”じゃ分からない」

ごめんなさい。
明日からはちゃんと迷惑かけないから…何もしないから…だから…お願いだから……










「…見捨てないで…」










―小さく落ちた言葉。
それはあまりにも小さく、弱い。まるで今の兄さんそのものだった。


「兄さん」
「ッ、ごめっ、なさ…」

―ギュッ


「兄さん」

「ゆきっ、お…」
いつの間にこぼれたのか涙を流しながら、
ごめんなさい、と必死に伝える燐の体を腕の中に収める。

「っお、れ…明日から…迷惑っかけないよ、に頑張るからっ…だからッ」
「うん」

「…俺のっこと…、」

「うん」

「見捨てないで…」

「うん、見捨てないよ。何があっても。」

赤子をあやすように背中を優しくたたき、囁く。
「…僕は此処にいる。
兄さんの隣に、ずっと
いるから」

「…ん」












しばらくたって落ち着いたのか、しゃくりが鼻をすする音に変わった。

「…第一、その発想は何処からくるの」

「…脳みそ」

誰の、とは聞くまでもない。

「なんだか昔と逆だね」
「あ?」

クスクスと笑いながら言う雪男に燐はぶっきらぼうに問う。

「昔は僕が泣いていたら、こうしてくれたのは兄さんじゃないか」
「っ!!!!!」


「思い出した?」
顔を真っ赤にさせながら離れる兄に名残惜しさを感じつつ、雪男は、さて、と踵をかえす。

「じゃあ、僕もう寝るよ。兄さんも早く寝ないと」

「ぁ、あぁ…」

「…?どうかした?」

「ぃっ、いやっ!!
何でもねぇ!!!!」
燐の動揺を隠せない驚きっぷりに雪男は内心苦笑しつつ、思い出したように話し出した。

「…そういえば兄さん」
「ん?」
「今日、一緒に寝ない?」「…へ?」

昔みたいにさ。と言えば、燐は目を輝かせて答える。
「…しっ、
しっかたねぇーなー!!
今日だけだぞー!」

「うん、ありがとう」

しょうがねー弟だなー、と言いつつ、いそいそとベッドの周りを片付け始める燐を見ながら雪男は微笑みを隠さないでいた。





―たとえ兄さんが覚醒して一緒にいられなくなる事があろうとも所詮は、未来だ。
だったら…
それまでの時間、
残された時間を全て
僕の愛しい人に捧げよう

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