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□トラウマ
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誰にでも、トラウマってものはあるものだよね?勿論俺にもあるわけなんだけどさ。アンラッキーだよね。
ところで、トラウマって言葉の意味を、君は知っているかい?かの有名な国語時点である広辞苑によると、トラウマとは精神的外傷って意味なんだって。そのまんまだよね。あ、しかも語源はギリシア語のtraumaらしいよ?ローマ字読みしたらそのまんまトラウマだけど、ギリシアの発音だったらどう読むんだろうね?
……って、そんなことはどうでもいいんだって。俺のトラウマの話してたんだよね。そう、実はこのトラウマ、高校二年の時の話なんだ。まだ俺のナンパ癖が健在で、……なのに、一人の女の子にひかれてた。そんなときのお話さ。



朝のラッシュを避けた、少しだけ遅い時間。あ、やばい電車来てるじゃん!超アンラッキー。だけどそこで気づいた。反対ホームじゃん。良かったーやっぱ俺って相変わらずラッキーかも!なんて思いながら上機嫌に階段を降ると…これまたラッキーなことに、この前からすっごく気になってる女の子がホームにいた。彼女は最近急に仲良くなって、会う度にとりとめのない世間話に花を咲かせて楽しめる仲になっていた。彼女の笑顔は見ていて、守ってあげたくなる。底抜けの明るい太陽みたいに笑みなのに、どこか崩れそうな要素を孕んでるんだ。だけどそこがまた好き。俺は女の子を見たら見境無しに好き好き言うけど、俺はこの子に好きって言ったことも、口説いたこともないんだ。意外かい?だって、言うタイミングがなかったんだ。いつも話が盛り上がっちゃうから。途切れることがないから。
ああ、でも今日なら言えるかもしれない。しかも、あわよくばデートとかできちゃうかもしれない。これは声をかけるしかないんじゃないかな?好き好き簡単に言う男は軽い?いやいや、俺はみんなに対して本気だから軽くはないんだよ。言い訳じゃないからね。
さて、もうすぐ彼女の肩に手が届くんだけど、最初に言うべきは

「おっはよーう!」

これに限るね。

「あ、キヨくん。おはよう」

掴みは上々。やっぱり彼女の笑顔は世界一だね!そんな笑顔を間近でみれた俺は本気でラッキーだね。
あ、なんかだめだ。好きだなーって思ったら急に言いたくなってきたぞ…俺にしてはしっかり手順を踏んだはずだよ。いつもは出会って一秒でデートに誘ったりしたけど、この子は違う。ちゃんと挨拶する仲からはじめて、仲良くなって、お昼を一緒に食べたりするって言う手順を踏んだじゃないか。何を恐れることがあるんだ千石清純。もはや彼女の中で俺に対する軟派なイメージなんてないさ(多分)。
さて、思い立ったらすぐ行動するのが男ってもんじゃん?
さて、今は幸いにも通勤通学ラッシュよりも遅い時間――まあつまり遅刻ギリギリの時間なんだけど――だから周りに人はあんまりいないし、勿論同じ学校の人は誰もいない。ああもう本当に絶好の大チャンス!これはもう行くしかないね!そうでしょう?

「ねぇ」
「ん?なに、キヨくん?」


「くろこちゃん、好きだよ」

「え………、あっ…!」


赤面した彼女は、驚いて一歩後ずさり、さらにバランスを崩して、そのまま、

「危ない!!」

ーーー線路に落ちてしまった。

一番驚いているのはもちろん当事者の俺と彼女で、むしろ周りにいた人たちは俺達を見ていなかったのか、表情一つ変えていなかった。その時、耳に入るのは駅のアナウンスで、空気を読めないそれは俺たちの焦りなんて素知らぬ顔で続ける。“2番ホーム、電車が通過します。危ないですので、白線の内側まで、おさがり下さい”って。でも、下がれるわけないじゃないか!

「くろこちゃん、手!手を…!」

だめだ、彼女は腰が抜けているみたいで立てない、だから俺の手も届かない。あああもう電車が来ちゃうじゃないか!こうなったら一か八か。

俺も飛び込むしかない!

鞄を乱暴におろすと、一気に線路に飛び降りる。ああ、もう!電車はすぐ見える位置まで来てる。だいたいおかしいだろ、なんで他の乗客は俺達の状況に気付いてくれないんだよ!どうして緊急停止ボタンを押してくれないんだよ!確かに今更押しても間に合わないかもしれないけど、でも!

そこまで考えたところで、もう本当に頭の中が真っ白になって、未だ腰が抜けたままの彼女を夢中で抱き抱えた。



後の事は、よく覚えていない。







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