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□お守りの中身
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受験を間近に控えた生徒たちが、どこか浮き足だったように塾のロビーに屯している。なんとも緊張感のない彼らは偏差値があまり高くない、比較的入りやすい高校を志望する生徒たちだ。残念ながら俺は彼らの担当ではない。
そのひとつの大きな塊から離れたところで一人憂鬱そうに俯きながら座っていた。恐らく迎え待ちだ。彼女は立海大附属を受験する。しかも、私立を推薦で受ける彼女の受験日は明日に迫っていた。
推薦とは言え、決して楽な受験ではないが、彼女の実力なら恐らく問題ない。この俺が1年半に渡って面倒を見てきたが、やる気があり、努力を怠らない。他の生徒ではとても手に負えないような量の宿題を出しても、音をあげたことなど一度もない。非常に根気のある生徒だった。
そんな彼女の不安を湛えた瞳に、俺は縛られたように動けなくなった。それでも、情けないほど覚束無い足取りで彼女の方へ歩いた。渡さなければいけないものがあるからだ。

「竹本」

呼び掛けると彼女はゆっくり顔をあげ、不安に揺れる瞳と視線が交錯する。

「柳先生…」

俺の名前をポツリと溢した竹本は、その瞬間ほろほろと涙を流した。

「柳先生、わたし…」

不安なんです。 そう言って泣く彼女をこの腕で抱きすくめられたらどんなに幸せだろうか。
俺は、小さく揺れる肩に手をおいて、しゃがんで目の高さを合わせると、空いた方の手で滑らかな髪を撫でた。

「大丈夫だ。お前の実力は俺がよく知っている」
「でも…」
「弱気になってはいけないな。お前は少し自信を持った方がいい。お前の今までの努力は本物だ」
「……はい」

少しだけ笑顔を取り戻した竹本の頭を、合格のおまじないだ と称してもう一度ゆっくり撫でる。微かにシャンプーの香りがした。

「先生、ありがとう!わたし、頑張ってきますね!」

整った顔を綻ばせ、太陽のような笑顔を俺に送った竹本は、迎えが来たのか、側においてあった単語帳をしまい、鞄を持ち上げた。
踵を返そうとする竹本を呼び止め、俺は先程から準備していたものを渡す。

「?」
「お守りだ。一年半教えてきた大事な生徒だ、これくらいはさせてくれ」
「わぁ…ありがとうございます!」

嬉しそうに受け取る竹本を見つめる俺は笑えているだろうか。
「受かったら、神社で燃やしてもらえ」

お前が受からないわけがない。
だから、そのお守りは確実に燃やしてもらえるだろう。

「え?なんでですか?」

「そのお守りの効力は合格までだ。効力が切れたら神社で納めるのがルールだ」
「そうなんですか、初めて知りました!」

慈しむようにお守りを鞄にしまい、竹本は軽くお辞儀をして 先生、さよーなら! と明るく言って、今度こそ出口へと歩き出した。
彼女の後ろ姿を見つめる俺の心はジクジクと痛んでいた。



それから、竹本から合格した旨を伝えられるのは数日後の話だ。


そうだ。受かったのだから そのままそのお守りは燃やしてしまえ。
中に、丁寧に折って、しまい込まれている、俺の心と一緒に、熱い炎で。

“一生徒としての枠を越えて
 お前の事が好きだ。頑張れ”

届くはずのない手紙に、俺は心を乗せた。



お守りの中身



「先生」
いつか、お前にそう呼ばれなくなる日を夢見ていた俺は、もういない。




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最後の2行をハッピーエンドととるか、バッドエンドととるかは、貴女の想像力次第なのです。
お守りの効力は、大体1年。1年たって役目を果たしたら、神社に持っていくんだよ、って話を受験期に聞いた覚えがあります。





 

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