柳くんと一緒

□赤也くんを助ける
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なんてことはない。
今日はただの土曜日だ。我が軟式テニス部の部活動は、部員たちの私的な都合により、夕焼けが姿を現すよりも前に終わった。
明日は柳クンによる料理教室が開かれるから、事前に渡された紙に書いてある材料を調達すべく、わたしは悠然と広がる紅を背に近所のスーパーに向かっていた。

すべての会計を済ませ、生暖かい風がそよぐ外へと踏み出す。外は先程までの赤みを急速に失いつつあった
買う予定だった食材は少なかったので、全部持参したリュックの中に収まった。手持ちの荷物がないから非常に楽だ。
このスーパーの近くに、少し入りくんだ裏路地がある。勿論、いつもは危ないから通らない。しかし、今日は違った。そこから、微かだが女の子の声がした。

「…めて……さい!彼には…が…!」

途切れ途切れにしか聞こえなかったが、わたしがこの声を聞き違えるはずがない。
紛れもなく 葵々の声だ。
他でもない、葵々がトラブっているとわかったら、助けない手立てはない。そんなの、“助ける”の一卓だ。わたしこと竹本くろこの行動コマンドはまさに
助ける 助ける
助ける 助ける▼
って感じだ。ん?陳腐な表現だと?そこら辺は気にしたら負けなのだよ。

ともあれ、葵々を助けるべく音もなくその裏路地に足を運ぶと、ちょうど葵々と揉めあっている(と、思われる)男どもの一人が殴りかかろうとしている(!)しかもなんだ、葵々の隣にいる奴――ここからだとよく見えないから誰だかは解らないが、制服で立海生だとわかった――は、それに応戦しようと身構えているうえに、拳を作っている。やれやれ、きみ立海生でしょうが、頭を使え、頭を。
殴りかかる男の拳を避けようとした少年の、構える拳を右腕で諫め、少年を後ろに押しやる。

「え…ちょ、アンタ…!」

バキッ
鈍い音がした。言うまでもない。わたしが男に殴られた音だ。口内に血の味が広がる。実は、わたしもこの血の味が嫌いではない。かといって、仁王くんのように自ら進んで啜るような趣味嗜好は持ち合わせていないが。

「な、なんだこいつ…!」

あれれ、この格好と髪型のせいで、もしや女と思われてないのかな。

「何やってんだよ、俺避けられたってのに…!」

馬鹿だなあ。
いや、初対面の少年に失礼か。…厳密に言うと、彼も立海生だからもしかしたら何処かで面識があるのかも知れないが、顔を見ていないので何とも言えない。まあ、興味もないのだけど。
話が逸れたね。さて、わたしがわざわざ男の拳を受けた理由はただひとつであり、我ながら本当に賢いと思うよ。

「あっは、もう完璧すぎて笑っちゃう」
「なんだ…?」
「な、こいつ…女…?」

殴った男と、その仲間たちが驚いた顔でわたしを見つめる。…そんなに見つめるなよ、照れるだろ。

「………っせや!」

ダン!
突如、男の体が地に伏した。

「……!」
「はっはー!正当防衛だから。先に手を出したの、アンタ達だし?」
「このクソアマ…!」

残された2人がまとめてわたしに殴りかかってくる。勿論、わたしは避けない。

「ゃ…!」
「な、なんで…!」

後ろで葵々の小さな悲鳴と、少年の掠れた声が聞こえたが、今はどうでもいい。とりあえずこいつらを追い払わねば。

「アンタらも大概、馬鹿だね。わたしがアンタらをブチのめす理由を、自ら作ろうとするなんて」

そう発した途端、わたしは男たちに飛びかかった。まあ、避けることは叶わないだろうな。見たところ、口先だけの木偶の坊だ。

「な、なんなんだこの女は!」
「めちゃくちゃ強ぇ…!」
「古武術は伊達じゃねえ…ってね」

実は、小学生の頃テニプリにハマったわたしは、日吉の演武テニスに一目惚れして古武術を始めたのだ(動機が不純だ…ということには、この際目を瞑ってほしい)。高校に入ってからテニス一本にシフトしたので、鈍ってこそいるが、こんなやつらに負けるようなモノではない。

「アンタらみたいなクズが葵々に手を出すなんて、100万年早いっての」

そう言ってもう一度構えると、怯えたように男たちは逃げ去っていった。顔に多少赤みが残っているが、まあ明日には治るだろう。
安心して後ろへ向き直ると、そこには僅かに瞳を濡らしながらも、満面の笑みの葵々がいた。









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