柳くんと一緒

□柳くんと日曜日
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日曜日、今日は第一回、柳クンによる料理教室が開かれる日だ(因みに先週は部活の練習試合の都合で中止だった)。軟式テニス部は硬式テニス部よりも、日曜の午前練習が1時間半早く終わるので、事前に柳クンから指示されていた食材や道具を準備して柳クンが来るのを待つ。なんだ、わたし忠犬みたいじゃないか。

「あー、退屈ー」

シャワーも浴びて、エプロンをつけてコロコロとソファの上を転がっている。
因みに今つけているエプロンはピンクブラウンの生地に、大量のフリルがあしらわれた乙女全開のエプロンだ。柳クンが来た瞬間に「ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」とか聞いたらどんな顔をするだろうか。なんでこんなものを着ているかと言うと、ただ単にイタズラ目的だ。普段涼しい顔ですましている柳クンの顔が赤く染まるところを見てみたい、という出来心だ。が、過度な期待はしていない。柳クンのことだから無反応か、真面目な顔をして「頭は大丈夫か」とか聞いてくる確率が70%くらいだと思う(残念ながら柳クンや乾くんみたいに正確な確率計算が出来るわけではないので、感覚に頼ってアバウトに出した数値だ)。しかし、無反応でノートに何か書き込まれたらわたし泣くかも。

ピーンポーン

気の抜けたチャイムが響く。多分柳クンだな!

「はーい」
「俺だ」
「ちょっと待っててねー」

インターホンのモニターで柳クンであることを確認すると、わたしはエプロンの皺を直して玄関に向かう。
ガチャと小さな音を立ててゆっくりドアを開く。すると柳クンの綺麗な顔が現れた。くそう、相も変わらず美人だ。このくらい美人なら、新婚ごっこをやっても絵になるんだろうな。と、思ってやってみることにした。

「おかえりなさい、あなた!ご飯にする?お風呂にする?それとも…わ・た・し?」
「……」

やってしまった。
ああちょっと、柳クンの無言の視線(いや、見てるのかは不明)が痛いんですけど!これでノート開きやがったら本気で泣いてやるからな!
浮かんでくる涙を必死に押さえていると、柳クンのどこかひんやりした手がわたしの頬に優しく触れた。なんだ。

「竹本……」

え、ちょ、なんだなんだ、なんですかこの雰囲気は…!

「そうだな、どうせなら竹本を頂こうか」

な ん で す と
「え、ちょ、え?柳クン?」
「なんだ、自分から仕掛けたくせに狼狽えるとはな。まだまだ未熟だな」

焦っているわたしを尻目に柳クンはフ、と綺麗に笑った。腹立たしいことこの上ない。

「くそう…!不覚…!」
「俺に勝つのはまだ早いな」
「ムカつく!この色男!歩く辞書!」
「それは暴言としては不適切だな」
「あーもう!さっさと料理教室始めようよ!」
「まったく…自由な奴だな」

とりあえず、未だ火照る頬を片手で押さえながらリビングキッチンに柳クンを案内した。

「頼んだものは買っておいたか?」
「もちろん、そこは抜かりないです」
「そうか。では早速始めるぞ」
「はーい」

斯くして、柳蓮二による日曜料理教室が開かれたのである。





「今日は簡単な肉じゃがを作る」
「やった!肉じゃが好き!」
「そうか。なら早く作れるようになれ。毎日食べられるだろう?」
「ちょ、何の嫌がらせ!?ジャガイモでほっぺたグリグリしないで!」
「ああ、すまない。つい、な」
「何がつい、だ…このいじめっ子が!最近柳クンわたしに対して意地悪だ!何かあったの」
「……知らん。自分で調べてみろ、情報屋“見習い”」
「ムッキィィィ!見習いを強調すんな!」
「…ほら、早くジャガイモの皮を剥け」
「そんで無視か!コノヤロウどちくしょーめが」

文句を言いながらも、教えてもらっている身なのでとりあえず言う通りにする。にしても、剥きづらいなあ。

「剥けたら適当な大きさに切って、水に浸けておけ」
「イエッサー」
「次は人参だ」
「げ、これも皮剥かなきゃじゃん」
「そうだな、頑張れ」
「鬼!」

そんなこんなしているうちに、材料はだいたい出来上がった。

「今切った具材を鍋に入れて、浸るくらい水を入れる」
「はいはいっ…と」
「最初は中火か強火でいい」
「へいへーい」
「お前は赤也か」
「うわ、バレた」
「……。そろそろ味付けだ。みりん、醤油、砂糖…ああ、そのくらいだ」
「灰汁取りします?」
「当たり前だ」
「さーせん」
「だいたいそんなところだろう。落し蓋をして暫く煮たら完成だな」
「いやったあ!」

10分くらいして、ジャガイモに串を指すと、良い感じの柔らかさになっていた。
人生初めて作った料理は柳クン好みの薄味の肉じゃがだった。これがなかなか美味で、二人で美味しく頂いた。





その後、雑談をしていたらすっかり時間が経ってしまい、結局夕食も柳クンのお世話になり、美味しい料理を振る舞ってもらった。この時の料理も本当に美味しくて、味気の無いレトルト食品ではなく、まともなご飯を食べると、…そして、一人ではなく二人で食べると、こんなにも満たされるのだな、と初めて気づいた。夕食の後、2週間後に迫る中間テストの話をしたり、テニス部平部員の様子を報告したり、情報交換したりして過ごした。

しばらくして、時計を見た柳クンが腰を上げて帰る支度を始めた。つられてわたしも時計を見る…わあ、結構な時間だ。
既に太陽が完全に沈み、外は夜の色に侵食されつつあった。

「すっかり長居してしまったな。すまない」

眉を下げて謝る柳クンに、わたしは即座に否定の言葉を述べた。わたしが感謝する理由は有れども、謝られる理由などこれっぽっちもないのだから。

「いやいや、寧ろあんな美味しいご飯作ってもらっちゃって、感謝してるよ」
「そうか。ならば良かった」
「来週も楽しみにしてるから」
「そうだな。メニューを考えておこう」
「うん。ありがとね」
「では、俺は帰るとしよう」
「うん。…送っていこうか?」
「いや、ここで良い。お前も一応女だからな、夜道を歩かせるわけにはいかない」

紳士的な理由を言いながらも貶された。何なんだ柳蓮二。ホントにコイツは最近わたしに辛辣というか、わたしの扱いが酷いと思う。

「一応って何。…まぁ、気をつけて帰ってね」
「ああ。では、また明日」
「また明日ね」

小さく手を振ると、柳クンもそれはそれは爽やかに手を振り返してくれて(しかも微笑みのオプション付き)、なんだか心がポカポカした。
やっぱり柳クンは、何だかんだいい人だよね。
一人暮らし独特の寂しさで冷えきっていた心が溶かされた気がした。

「さーてと、勉強でもして寝ますか」

その呟きは静かに虚空に消えていったが、いつもと違って、そこには温かみが残っていた。



料理教室と日曜日



(それにしても、柳クン料理めちゃめちゃ出来るな)
(羨ましい限りだわ)
(良いお嫁さんになれるよ…いや、主夫か?)



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