柳くんと一緒

□柳くんとテニス部
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俺はいつも通りの足取りで部室に向かっていた。そう言えば、竹本が堤と試合をするだとか言ってなかっただろうか。女子と男子の試合だ。中学までならそこまで大きな差は出なかっただろうが、今や高校2年生にまでなったのだ。実力の差は火を見るよりも明らかだろう。堤も竹本も、結果のわかりきった試合をして何が目的なのだろうか。ただの小手調べだとしたら、わざわざ堤が出ることもないだろうに……。
少し気にならないでもない。
突然現れた竹本。調べても調べても簡単なプロフィールしかでてこない。どこかで情報操作でもされているのか、と疑いたくなるほど秘密が多い。このままでは“参謀”の異名が泣くな。

着替え終わり、データを整理していると、中学時代のレギュラーが部室に集まってきた。……仁王と丸井がいないな。

「やぁ蓮二、早いね」
「精市。…仁王と丸井がいないようだが?」
「あれ、先にいるんじゃなかったんだ」
「俺と柳生が迎えに行ったとき、既に教室に居なかったから、てっきりもう行ったもんだと…」
「たるんどるな」

仁王も丸井も、同時に姿を消した可能性が高いな。…そう言えば、丸井と仁王はB組だな。そして堤も。丸井と堤はわりと仲が良い(そして丸井繋がりで仁王ともそれなりに親しい)。となると

「堤と竹本の試合を見に行っている確率72%」

竹本のようなやつを、仁王が興味を持つ確率は低くない。そして、仁王と堤がいれば、恐らく丸井もついていくだろう。

「堤が…誰かと試合するの?」
「ああ、俺のクラスに転入してきた竹本とするらしい」

「ほう…蓮二、竹本とは何者だ」
「…よくわからない」
「えっ、柳先輩が!?」
「柳くんがわからないとなると、それは…」
「基本的なデータはわかる。2年F組に転入してきた、軟式テニス部入部希望のいたって普通の女子。だが…それ以上はわからない」
「てか、女子かよ!」
「あの堤と試合かあ…フフ、面白くなりそうだね。せっかくだから見に行かない?」
「な、幸村!それではサボりに…」
「良いじゃないか、たまには」
「そーっスよ〜、真田副部長!たまには息抜きも大事ッスよ!」
「赤也はいつも息を抜いてばかりだがな」
「なっ、柳先輩酷いッス!」
「事実だ。…弦一郎、俺も少し興味がある。見に行かないか」
「む…蓮二や幸村がそこまで言うのなら…いいだろう」
「よっしゃあ!」
「切原くん、遊びに行くんじゃないんですから」

ギャラリー(主に女子生徒)で見えなかったが、やはり予想通り隣の第二テニスコートで試合をやるらしい。第一テニスコートから出ると、葵々がいた。

「あれ、葵々じゃないか」
「精市くん!あのね、これから」
「知ってるよ、堤が女の子と試合するんだってね」
「うん!あたしの大好きな友達!だから見たいんだ」
「俺たちもその竹本とやらと堤との試合を見に来たんだ」
「あ、そうだったんだ」
「ああ」
「竹本がどんなテニスをするかが気になってな」
「軟式って、昔馬鹿にしてたけど、あの堤先輩のプレー見てたら俺も好きになっちゃったンスよねー」

堤側の、コート全体がよく見える場所をテニス部で陣取って雑談をしていると、間もなく試合が始まった。

「7ゲームズマッチ、竹本サービス、プレイ!」

仁王が審判か。通りで部活に来ないわけだ。こんなところで油を売っていたらしい。副審をやっている丸井もか。
……と、一瞬丸井の方に意識が集中していたときに、その集中を引き裂くかのように一本の鋭いサーブが入った。
女子であの速さはなかなか出せないだろう。しかし、堤も難なく返す。…これは面白い試合になりそうだ。

「うわー、あのショートクロスはエグいッスよ」
「でも、堤の奴…何ともねぇような顔してとってるぜ」
「4つの肺を持つ男をも驚かす、広い守備範囲ですね」
「あ、あのロブ…甘い」
「あのロブは…、堤のたまらんスマッシュが決まるだろうな」

誰もが堤の得点を信じて疑わなかった。しかし、

トンッ……

「「「…!!」」」

バックのローボレーで威力を吸収して、見事相手コートに返球した竹本を見て、周り全員が息を飲むのが手にとるようにわかった。

「…これは予想外だな」

二人の試合は予想以上に素晴らしい技術が見られるらしい。これは気合いを入れてデータをとらなければな。

「………」

隣の葵々からやたら視線を感じる。

「なんだ?葵々、何か用か?」
「蓮二…楽しそう」
「……!」
「ちょ、開眼しないでよ!」

怖いから!とかいっている葵々はスルーだ。
俺が楽しそう?そんなに顔に出ていただろうか。確かに、この試合は誰が見ても楽しい代物だろう。先程から続くラリーはお互いの技術を出し惜しみせず使った、高度なものなのだから。

「いいデータがとれるといいね」
「…ふ、そうだな」

そう呟いて、試合に集中を戻す。

「フォルト!」

…竹本でもやはり、ファーストサーブを外すことがあるのだな。これは新しいデータだ。さて、どんなセカンドサーブを見せてくれるのだろうか。
あれはアンダーサーブの構えだな。カットサーブでも打つのだろうか。
竹本のラケットから放たれたのは、青学“不二周助”の“消えるサーブ”程ではないにしろ、相当の回転がかかっていた。恐らくバウンド後は内側に曲がり、尚且つほとんど跳ねないという非常に打ち返しづらいものだろう。しかし…確か、堤はカットサーブのレシーブが得意だったはずだ。そうなると…

「俺にカットサーブなんてのは、死に球でしかねーよ!」

やはりそうだったか。
堤は思わず感嘆してしまうようなリターンを決めた。先程の竹本のそれより数倍エグいショートクロス。サーブの後のあの位置への返球を返せる人間が女子でいたら、俺は拍手を送りたい(弦一郎や精市は普通に返しそうだがな)。

「クス、堤さあ…本当に実力がわからないね」
「彼は硬式もなかなかですからね…もし彼が硬式だったら、私達の仲間だったかもしれませんね」
「むしろ、レギュラー争いするライバルだろ…」
「でも、あの竹本先輩?って人も凄いッスねー。なんか…楽しそう」

取って取られの繰り返しで、気づいたらゲームカウントは3−2。堤のサービスゲームだ。ここで堤が取ればゲームセットだが……。
それで終わっては、勿体無い気がした。








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