柳くんと一緒

□閑話:堤くんと組む2
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わたしたちは今、テニスコートに向かっている。(もちろん、ラケットとシューズとウェアは家に取りに帰った)
そして、何故か丸井と仁王が着いてきた。確かに目的地はほぼ同じである。彼ら硬式テニス部が使う第一テニスコートの隣に、2面だけのクレーコート…通称第二テニスコートがあり、そこが堤くんたち軟式テニス部の活動場所なのだ。

「やっぱ軟式テニスと言ったらクレーコートが一番だな、中学時代思い出すわー」
「堤は外部じゃったな」
「確か埼玉の公立だったよな」
「おー、学校は荒れ果ててたけど楽しかったぜ。関東大会は出場停止になったけどな!あっは!」
「ちょ、堤くん何やったの!?」
「まあ、それは追々…な」
「恐!(後で調べてみよう)」

完全に怖いもの見たさである。

「さてと、準備運動も終わったし、試合始めるか。ってことで仁王、丸井邪魔、でてけ」
「審判やっちゃるから、ここにいさせて欲しいナリ」
「しょうがねぇな、じゃあ丸井でてけ」
「ちょ、俺も副審やる!」
「チッ、じゃ、乱打何本かやって始めるか」
「うん!」

こうして、正審に仁王、副審に丸井を設けて、わたしたちの試合は始まった。

「てかさ、仁王軟式のコールとかできんの?」
「それくらい分かるぜよ」
「あっそ。くろこ、表裏どっち?」
「裏お願いしまーす」
「うぃー」

堤くんのラケットがクルクル回り、やがて音を立てて倒れた。堤くんがそれを拾い上げ、わたしに言う。

「くろこ、お前ラッキーだなあ。裏だぜ」
「やった!じゃあサービスお願いします」
「んじゃ、レシーブで」

そう言い、お互いに自分のコートの定位置へ行く。
久々に感じるゴムの感触、何度も踏みしめ、何度も転んだクレーコート…前の世界で最後にテニスした日から、数日しかたっていないと言うのに、やたら懐かしく感じるそれは、わたしの心を高揚させるには十分すぎるものだった。

「7ゲームズマッチ、竹本サービス、プレイ!」

仁王のコールでわたしは目を開ける。
先ずは只のスピードサーブ打ち込む。わたしのラケットから離れたそれは、勢いよく飛んでいき、相手のコートに強かに、鋭く着地する。

「結構速いじゃねーの、っよ!」

堤くんはそのスピードを全て奪い去るような柔らかなレシーブを放つ。しかし、そのショットは遅いながらも
確かな質量を持ち、打ち返さんとするわたしの腕はその重みに嘶く。

「女の子の腕をへし折る気かってー…の!」

今のは何とか返したが、このままスピードのある球を繰り出し、今のようなパワー勝負に持ち込まれては勝ち目がないので、わたしはテクニック勝負をしかける。先程の乱打で、彼のバックハンドはフォアハンドより威力も精度も圧倒的に高いことがわかっているため、なるべくバックハンド側には返球したくない。しかし、片側だけに返すとなると、コースがワンパターンであり読まれてしまう。
そこでわたしは、ショートクロスに、得意のトップスピンをかけたショットを打ち込んだ。

「うわ、エグいとこ打つな」
「とか言いながら、余裕そうじゃん…、あっ!」
「容赦のないお前には、俺のとびっきりのスマッシュお見舞いしてやんよ!」

予想外の鋭い返球に、わたしは甘いロブを返してしまった。浅く入ったロブを見逃すはずもない堤は、ラケットを勢いよく降り下ろし、スピードも威力も申し分ない渾身のスマッシュを打ってきた。
もちろん、わたしもこの展開が予想できなかった訳でもなかったので、体勢を低くしてバックのローボレーで対応する。一見ひぐま落としに似ているが、あんな技術的な代物ではない。ただのローボレーだ。相手の後ろにロブを落とすとか、そういう物ではなく、スマッシュの威力を吸収して、相手のコートのネット際に静かに放り込むだけのものだ。しかも、使うのは硬式よろしく、ラケットの裏面である。邪道この上ないが、わたしにとって、スマッシュをローボレーで返すときにはこのフォームが一番楽なのだ。

「うっわ、スマッシュをローボレーで返されたの初めて見た。俺、お前の事甘く見てたみてーだなぁ」

ニヤリと不敵に笑う堤くんにドキリとした。これは、早めにケリを付けないと一気に攻め込まれる気がした。

そこから暫くラリーの応酬が続いた。1ゲームがこんなに長いのは久しぶりだ。

「3オール・デュース」

先にリードしたのに、追い付かれてしまった。デュースになると、ここからはタイブレーク方式である。先に2点突き放した方がゲームを得る。こうなったら、
「先攻あるのみっしょ!」

少し力が入りすぎたらしい。

「フォルト!」
「ぶは、ここでフォルトとか」
「う、うっさいわ!」

ファーストサーブは、力みすぎてネットに引っ掛かってしまったので、仕方なくセカンドサーブを打つべく、アンダーサーブの
構えに変える。さて、この1球は吉と出るだろうか、それとも凶と出るだろうか。
不安と期待を一身に背負ったアンダーサーブがラケットから放たれる。
強烈なスピンを孕むそれは、わたしの武器でもあり、逆に弱点でもある。
相手がカットサーブのレシーブを苦手とする選手ならば、必殺の一撃になる。しかし、逆にカットサーブのレシーブを得意としていたら、全く使い物にならない。寧ろそれは弱点となってわたしを追い詰める。
わたしがいつもうつ、上からのファーストサーブは、サーブ&ダッシュに使えたり、スピード・テクニック&コントロール・パワー…といったバリエーションが豊富で、相手のサービスボックスの好きなところを狙える。しかし、アンダーサーブは無理な回転を加えるがために、コントロールが危うくなる。サービスボックスのどこに入るかがわからないため、相手のリターンを予測することが些か困難にあるという弱点がある。この1点は、後の展開を左右するかもしれない。さて、堤くんは前者か後者か。

「俺にカットサーブなんてのは、死に球でしかねーよ!」
「!」

どうやら後者だったらしい。
堤くんは、カットサーブのバウンド後の特性を存分に生かし、ショートクロスに非の打ち所のない強烈なリターンを決めた。えげつないそのリターンに、わたしは反応すらできなかった。

「あっちゃー、得意な人かあ」
「アドバンテージ・レシーバー」

これ以上攻められては勝機が見えなくなる。
そう判断して、勢いをつけるべく、せっかくのサービスゲームだからと、サーブ&ダッシュとボレーでごり押ししたわたしはそのゲームを取った。

「チェンジサイズ!」





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