THW

▼君のことが心配だ
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大きな手で小さな手を掴んだ。ガシッと。しかっりと。そうでもしないと逃げてしまうから。

「ひぃ!何ですか、星さん」

「…どこへ行くんだ」

昼間なのに薄暗い廊下は殆んどの戦士が出撃中のため誰もいなく、しんと湿った匂いがする。俺には心地よい。

午後から出ようと思っていた俺の前に、先日の出撃で怪我をして休んでいるはずのこいつ―朝野光―は自室からひょっこり現れた。今日は1日休めという片霧主導者の言い付けは絶対のはずだし、怪我をしてるヤツなど放っておけるわけがない。こんな小さなヤツなど尚更に。


「お前、怪我してるんだろう。休めと命じられていたはずだ」

「あっ、いや、トイレに…。そうトイレですよ!」


捕まれた手に視線を向け俺の方を見ずに答えたこいつに何故だか少しムッときた。片足と片腕に包帯を巻いて、頬には顔の半分が隠れてしまう程大きなガーゼが当てられている。特に足の包帯は幅が広く厚い。


「俺が連れていってやる」

「えぇ!いいですよ!大丈夫です!星さん、これから出撃ですよね?僕のことは気にしないで行って下さい」

「そうだ。だからついでだ」

「いいですよ、トイレくらい1人で行けますから!」


依然と捕まれている手を見ながら必死に俺の申し出を断っている。怪我人の心配をするのは同じ国の戦士なら当たり前のことだ。だが、こいつのことはより一層心配になってしまう。小さく細く如何にも弱そうなこいつ。


「そうか…」

「はいっ!……って、ちょっと!」


ひょいと担いでみた。案の定軽く持ち上がる。右肩に乗せて歩き出す。じたばた腕を動かしているこいつを落ちないようにぐっと捕まえながら。


「降ろして下さいー!」

「暴れるな、傷にひびく」

「大丈夫ですってば!」

「大丈夫じゃないだろう。お前右足の怪我、痛むんだろう。歩くのは負担になる」

「…!」


急に黙った様子から図星のようだ。担がれたまま項垂れている。干からびた布団のようで運び易い。


「…星さん、何で分かったんですか……」

「見てればすぐ分かる」

「…そんなことありません。蛍も、緑里姉も、分からなかったんですよ」

「お前が気を使いすぎなんだ」


ひょいひょいと廊下を歩きながら俺は答えた。昨日、医務室から戻ってきたこいつは近寄っていった双子の夜野や風野に心配をかけないようにわざとらしいくらい大声で話していた。談話室の角の机に座っていた俺にも届くくらいの大声で。


「…だって」

「なんだ?」

「だって、蛍は心配性なんです。唯一の肉親だし。緑里姉だって僕のことをすごくよく気にかけてくれます」

「そうだな」

「安心してもらいたいんです。僕の事より自分の事を考えていてほしいんです。星さんだってそう思いませんか?」

「そうだな。身内の心配をして危険な戦いに集中できないのはよくない」

「ですよね…!」

「しかし、身内の心配をできないのもよくないだろ。誰だって怪我をしたやつを気にするのは当たり前だ。それも同じ国の戦士ならな。肉親なんて尚更じゃないのか」

「…」


暗く湿った廊下は思ったより長かったので余計な口をたたいてしまったようだ。目的地の男子トイレの前で抱えていたこいつを降ろした。


「着いたぞ。帰りは1人でも大丈夫だろう。俺はこのまま出る。よく休め」


黙って俯いたままのこいつの頭を2回軽く叩いた。所々跳ねたふんわりとした髪にポスンポスンと自分の手がはまる。柔らかくて心地よい感触だった。それでも微動だにしないこいつ。だから頭ひとつ分くらいある身長差に近付こうと俺は少しばかり屈んでこいつの顔を持ち上げて唇にキスをした。ほんの少しだけ長く。

「…!」

「行ってくる」

「……」


赤くなった顔のこいつが本当に微かにポツっと「気をつけて」と言った声が聞こえた。





Fin.
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11.12.08
もう少し甘く可愛くしたかった






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