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▼恋愛前線秋雨模様
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外はしとしと冷たい雨が降ってて私の戦闘意欲を削がさせる。素麺みたいに細い雨は窓に当たるけど、音は出さないでとっても静か。埼玉国の基地は高層ビルでその最上階より一つ下の階に指導者の部屋がある。私はいまそこに居る。襲撃に出るのをドタキャンしてできた暇をつぶすため片霧薫指導者―私は"部長"と読んでいる―の机に顔を乗せて正面に座ってる。


「部長ー」

「…」

「みどり退屈ー」

「……」


私の顔の前にある灰皿にのったタバコの煙と同じようにもくもくと仕事をこなしてる部長に話し掛けても私は無視されてしまう。書類を手にとったと思ったらすぐにパソコンに向き直りカタカタとキーボードを打ってまた書類に戻り判子を押す。この作業ばっかりしてて私の方を一切見ないのでせっかくの暇つぶしが暇つぶしにならない。仕事しながらもっとお喋りに付き合ってくれたっていいのに。


「雨止まないね。みどりの髪って湿気ですごい跳ねるんだよねー。部長の髪は?」

「……」


緑色のセミロングなはずの髪は肩より上の長さしかなくて外側にキュルンと跳び跳ねている。私は毛先をくるくる指に巻いて遊んでまっすぐに直そうとする。


「跳ねる訳ないよね。しっかりワックスつけて分け目隠してるし、風が吹いても絶対乱れないもんね」

「……」


「我が埼玉国の指導者たるもの志はおろか髪ひとつ乱さないな」って皆は笑うけど、私はちょっと素敵だと思う。だって全部をきちっと整えるのは並大抵の事じゃない思うから。全然直らない私の髪やサボり癖と比べたらよく分かる。口が悪くたって髪が薄くたってやることをしっかりこなす人ってかっこいい。


「でも最近みんな心配してるよ。その、まえが」

「うるせぇよ」


"み"を言う前についに部長は喋った。けれどお怒り気味のセリフに私はびっくりして肩がびくっと飛んだ。やっぱりこの手の話題はまずかったよね。


「前髪が無くてもみどりは部長が好きだよ」

「……」


言い訳みたいだけど告白してみたのに部長は全然振り向いてくれないし。外はまだ素麺の雨が降っていて私が好きな普段ここから見える埼玉の景色が今日は全然見えないし。


「つまんないなー…」

「…」


ちょうどいい室温の部屋でやることも無く話し相手も話をしてくれない。うだうだと部長の顔だけをじっと見てたら私はだんだん眠たくなってきてしまった。部長の真面目な顔がかっこいいなぁって思いながら。


気付いたら眠っていた私は雨の音で目が覚めた。さらさらと静かに降ってた雨が今はザーザーと音をたてて強くなっていた。窓に当たってガラスを叩いて入ってきそうなくらい。空は暗くて時間がわからない。時計を見たらもう夕方だった。少し肌寒く感じて、気が付いた。目の前にいた仕事こなしのつまらない部長がいない。机を見るとキレイに整頓された書類と電源の落とされたパソコンが並んでて仕事は終わったみたい。


「部長…?」


私の相手になってくれないなら居ても居なくても同じはずなのに、居ないと何だか心細くなってくる。声に出して呼んだけど、返事がないから、まだ私は無視されてるみたい。はぁとため息をついて机に伏した。また寝てもいいかなと思って。


「おい」


部長の声が聞こえたけど、きっとそら耳だ。目を閉じた。


「……」

「おい、緑里」


私の名前が呼ばれてる。もう夢を見てるみたいだけど、目を開けた。部長が立っていた。しかも両手に白い湯気が登ったカップを持ってる。


「部長ぉ?」

「いい加減起きたらどうだ。もう5時過ぎたぞ」

「夢ー?」

「夢じゃない、現実だ。早く起きろ」


コツンとカップごしに頭を軽く叩かれた。そしてそのままカップを私に渡してくれた。薄い緑色の水玉模様。私のカップだ。


「部長仕事終わったの?」


暖かいカップを受け取って覗くと濃くて黒に近い茶色の液体が入ってた。ココアみたい。


「とっくに終わったさ」

「ふーん…」


聞きながら飲み物を飲むと苦い味がした。ココアかと思ったものはコーヒーだった。


「部長…、私と喋らないんじゃないの?」

「何を言っているんだ?」

「だってみどりが喋りかけてもずっと無視してたじゃん」

「あれは仕事中だからだ」

「ふーん…」


なんとなく私は不機嫌なんだけど何でだかよくわからなくて、カップのコーヒーが苦くて文句を言った。


「部長…」

「何だ?」

「コーヒー苦い」

「我慢して飲むんだな」


俺が淹れてやったんだぞ、と座って机にもたれてる私のすぐ隣に立ってポケットに片手を入れてカップでコーヒーを飲んでる部長は言った。確かにこうしてこの部屋でお茶(しかも部長自らが淹れてくれる)ができるのは私くらいかもしれない。ちょっと気分がよくなったかもしれない、からコーヒーを口に入れるけどやっぱり苦い。


「苦いよー。砂糖かミルクいれて欲しかったなー」

「仕方ないやつだな」


部長は私のカップを取り上げて机に置いた。それから自分のカップでコーヒーを一口含んだまま私にカップを渡して、そのまま私に唇を付けて口を開けてコーヒーを流しこんできた。全然甘くないコーヒー。むしろ甘い。しかもチョコレートの味がするから私の頭は混乱する。


「カフェモカ…?」


流しこまれた液体を飲み込んで確認して聞いてみた。


「ハズレ。ココアだ」

「えー!自分だけココア飲んでずるい!みどりも飲みたい!」

「だから、やっただろう!」

「あっ…!」


そうだった。私ってば部長にキスされてしかもココアを流しこまれちゃったんじゃん。コーヒーかと思ってたものが甘くてチョコレートの味がしたことに驚きすぎて肝心の部長の行為を忘れてる。あんな衝撃的なことだったのに!思い出したら急に照れてきて顔がにやけてしまう。


「えへへ」

「やるよ、そのココア」

「えっ?部長のが無くなっちゃうよ?」

「いいよ、こっち飲むからな」


そう言って私の苦いコーヒーが入ったカップを持ち上げて一口飲んだ。部長って甘党って噂があるんだけど大丈夫なのかな。


「苦いな…」

「やっぱり…」

「…ココア返してくれるか」

「いやだ。これはもうみどりのココアー!」

「…このやろう」


えへへとココアを持って部長を見ると私のカップで渋々とコーヒーを飲んでる。


「部長」

「何だ?」


呼んで手招きして屈ませて、私はココアを一口含んで部長の唇にキスをして口を開けて流しこんだ。さっきの部長と同じように。移されたココアを飲み込んだ部長は私の頭をコツンと叩いて笑った。



「生意気だな、お前」



まだ秋の雨は降ってる。窓ガラスが叩かれるくらい強いけど、全然うるさくない。





Fin.
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11.12.09
すごくらぶらぶなんだけど何この痛さ。







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