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□灰色の日々
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「いらっしゃい、お久し振りね」
「………」
「何をそんな処に突っ立ってらっしゃるの?早くお入りなさいな」


ふわりと微笑む姿は、俺でもそうとはっきり分かる位に可憐で美しかった。
それだけ容姿端麗で気品も風格も権力ですら兼ね備えてるくせに、俺みたいな奴をどうしてそう敵視するのか理解に苦しむ。それもこれもあのふざけた大人のせいに違いないと、俺は諦めて目の前の女………この伎楼の主人、アニタの方へと足を進めていった。


「今日はまたどんなご用向きかしら?この辺りで任務とか……?」
「……俺は呼ばれたから来ただけだ。用なんか知らん」
「あら随分と従順なんですね神田さんは。可愛いわぁ、まるでよくしつけられた子犬みたい。でもあの方は気まぐれですからね、貴方を呼びつけたことなんてとうに忘れてしまっているかもしれないわ」
「………」

……要するに、ガキはとっとと尻尾巻いて出ていけってことだろうか。

完璧な笑顔とは対称的に、突き刺すように光る目の奥に背筋が寒くなった。
それでも実際俺を追い返してしまっては、手前勝手なあの人の機嫌を損ねてしまうのは今までの例から言っても明白だ。だからこうして嫌々ながらも俺を招き入れているんだろうが………そう考えるとなんだか色々不憫過ぎる。同情はしないが共感くらいはしてやってもいい。


そもそもこうして非常に気まずい思いをさせられるのは、今俺を案内すべく数歩先を歩くこの女相手だけじゃない。

任務先でクロス元帥に度々呼びつけられるようになったのは約2年程前からだ。ある時数年ぶりに会った元帥に出会い頭に『お前、俺の愛人になれ』と言われた日以来………大体数ヵ月に一度のペースで俺は元帥と会っていることになる。
……その呼び出し先が何故か大抵元帥の愛人絡みの場所だから笑えない。悪い時には丁度二人の最中に出くわしてしまったことだってある。慌てて帰ろうとした俺にクロス元帥が放った『終わったら直ぐお前だからその辺で少し待ってろ』という台詞の衝撃は一生忘れないだろう。



閑静な廊下をしばらく進み、奥の一際厳かな造りの扉の前でアニタが立ち止まった。脇に下がっていた小さな鈴を鳴らした後、俺に対するものの数倍は色気の増した声が、中で暢気に寛いでいるだろう人物を呼ぶ。

「クロス様、神田さんがお見えです。お通ししますか?」
「…………あー、来たか。いいからとっとと入って来い神田」
「………」
「…………」


チラリと俺に横目を遣るアニタの背後には明らかに負のオーラが見える。
これならアクマと対峙している方が気持ちの面ではだいぶマシだ。不愉快な視線の追従に耐えながら数歩足を進めると、ハァッとひとつ溜め息を吐いてから俺は目の前の扉に手を掛けた。



 
 

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