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□愛しさを粉砕
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「………おはようございます兄さん。今日も早いですね」
「お前が遅いんだ馬鹿。早く朝飯食っちまえよ」
「はーい」


テーブルの上には僕の為に兄さんが用意してくれた膨大な量の朝ごはん。普段から早寝早起きの健康的な生活を送っている兄さんは、毎日朝ごはんを作ってくれる(ついでにお昼のお弁当も)。その代わり僕は夕ごはんの担当だ。

僕たち兄弟は二人共同じ高校、僕は一年で兄さんが三年。時々女の子に間違われるくらいにとにかく美人の兄さんは、一年の間でもちょっとした有名人だ。弟としては少し照れくさいけど誇らしい。
そう思って笑顔で兄さんを見上げると、兄さんは不思議そうな顔をして自分も朝食のテーブルについた。


「兄さん、今日の夕ごはん何がいいですか?」
「あぁ?………蕎麦」
「そう言うと思ってました」
「だったら聞くな。いいから早く食えよ、遅刻するぞ」

確かに、兄さんの言う通りあまり時間に余裕はない。
兄さんが自分の分の朝ごはんを食べる間に、僕はその10倍はある量を一気に口の中に掻き込んだ。

「………相変わらずすげェ食い方だなアレン」
「むぐ……すいません、ちょっと急いだ方がいいかなと思って……」
「ま、別に家だし構わねぇけど」
「ハイ、外では気を付けます」

素直に返事を返すと、兄さんは微かに微笑んで立ち上がった。その笑顔に僕の胸の奥は切なく締め付けられる。
普段は短気で無愛想な癖に、僕にだけは時々そんな表情も見せてくれることがとっても嬉しい。


食べ終わった食器類を重ねて、キッチンへと向かう兄さんの背中を追う。シンクの脇にある食洗機の蓋に手を掛けようとして、ふと兄さんはその動きを止めて僕を振り返った。
……そして僕も思い出す。そういえば今日は月始めの日だった。僕に真っ直ぐ向けられた瞳は、冷やかなのに凄く綺麗で思わず見とれてしまう。


「ウォーカーさん、今日の正午丁度で契約が切れます。更新なさいますか」
「………そうですね。また一ヶ月更新でお願いします」
「………。後片付けは俺がやっといてやる。お前は早く着替えて来いよアレン」
「あ、はい!ありがとう兄さん!」

お言葉に甘えて食器をシンクに置くと、僕は慌てて走り出した。
……ああ、結局また更新してしまった。何だかんだでもうすぐ一年。仕事とは言え神田もよくこんな茶番に付き合ってくれてるもんだ。
思わず吐いた溜め息は景色と共に流れていった。



僕の兄さん……神田ユウは、僕とは全くの他人。片親が一緒とか戸籍上だけはとか、そんな繋がりすらない本気の他人だ。
神田にとっての僕はただの客。一年程前に天涯孤独となってしまった僕は、寂しさからお金を積んで『兄』を買った(幸い家は経済的には余裕があった)。そしてやって来た神田は、専門業者から派遣されて来たただの従業員。素直に『親』を買わなかったのは僕の育て親であるマナの思い出に踏み込んでほしくなかったってこともある。
契約期間は一ヶ月。それが切れそうになる度に更新してはズルズル期間を引き延ばし、もうかれこれ一年はこうして神田を拘束してしまっている。


「兄さん!お待たせしました」
「ったく、お前の朝はいつもこんなだな……。だからもうちょっと早く寝ろっつってんだろ」
「そうですね。すいません兄さん」
「……まぁいい。行くぞ」


神田の決して僕以外には見せない深い穏やかな瞳がまた錯覚を起こさせる。そうして僕はまた更に、この薄っぺらい関係から抜け出させなくなっていく。
でも、それでも構わないと思うくらいに、僕はこの人と居ることがただ幸せだった。


 
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