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□刺し違えるのが恋愛
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※最初の方、全くラビが登場しませんすいません





だだっ広い部屋の中央に置かれた燃えるような赤い革張りのソファ。
その傍らに立ち覗き込む俺の腰に、黒い手袋に包まれた大きな手がのそりと伸びてくる。その様子をしばらく冷めた目で眺めていると尻の辺りに何やら不愉快な感触が伝わってきた。

チッ、またこの人は………俺をメイドの女か何かと勘違いしてやがる。


「起きてくださいクロス様。今日のお仕事がまだ終わられていないのでは?」
「………俺の前で色気がねェこと言うなっつってんだろユウ。仕事なら粗方片付いた。今は休憩中だ、お前も付き合え」
「職務中なのでお断りします。休憩なさっていたなら丁度良かった、お客様がお見えです」
「あ?客だ?」

面倒臭そうに顔をしかめてソファから身体を起こすその人は俺の主人……クロス・マリアンだ。

クロス様が一代で築いたこの大きな屋敷に居るのは、俺達執事が数人とクロス様お気に入りのメイドが十数人だけ。
基本的に出不精の俺達の御主人様は普段から殆どの仕事は屋敷の自室で済ませてしまっている。故にそれを心得ている知人はオフィスではなくこうして自宅の方を訪ねてくるという訳だ。


「誰だ?お前が呼びに来るってことは近いヤツか?」
「ネア様です。もう下にお通ししてあります」
「あーわかった。一服したら直ぐ行くから例の件の資料を運んどいてくれ、ユウ」
「かしこまりましたクロス様」


起こした身体を再びソファに沈めるクロス様に、デスクに置き去りにされていた葉巻を手渡し火を付ける。
決して顔には出さないがあの紫煙は苦手だ。深く息を吐き出す主人にひとつ会釈すると、必要な資料だけを纏めて足早に部屋を後にした。
















「ようクロス、久し振り」
「……ネア、来るなら連絡くらいしろ」

10分と経たず応接室に現れたクロス様は、扉脇の俺にチラリと目を遣ると直ぐに旧知の友人、ネア・キャンベルと話し始めた。
クロス様がネアの向かいのソファに腰掛けたのを見計らって、傍らに控えていたメイドがネアのお茶を淹れ直しクロス様にもお茶を淹れる(だが残念なことに、クロス様はアルコールの入っていないものは殆ど飲んでくれない)。

全ての用意が整ったのを見届けてから部屋を去ろうとした俺の背に、不意に主人のものとは違う軽い声が掛かった。


「ちょっと待って神田。悪いけど一緒に話聞いててくれない?」
「……は?」
「あん?おいネア、ユウに何の用があるってんだ?」
「それは今から話す。とりあえずそのままその辺に居てよ、神田」
「………かしこまりました」

この人の胡散臭い笑顔はあまり好きではない。……が、ここで断るのもクロス様の面目を考えると出来ない相談だ。
渋々部屋の隅に留まる俺を見て、ネアは満足そうに笑ってから話し出した。


「単刀直入に言うと、例の件で色々と情報が必要になってきててさ。実は今、あのブックマンと接触してるとこなんだよね」
「ブックマン………情報屋のジジイのことか」
「うん、そう。……で、そのジジイには一人だけ跡継ぎとして育ててる孫がいるのは知ってるか?」
「まぁ、噂程度にはな。確かユウと同い年くらいじゃなかったか」
「………」

聞けば聞く程どの辺りが俺と関わりある話なのかサッパリわからない。微かに苛立ち始めた感情を顔に出さないよう抑え込み、俺は引き続きネアの話に耳を傾けた。

「その孫……ブックマンの跡継ぎに選ばれただけあって才能はあるんだけど、どうにも手が付けられない悪ガキらしくてさ。ジジイもほとほと困り果てて、どうやら色んなツテを当たって孫を矯正出来る執事を探してるみたいなんだ」
「………ほう。それがユウとどんな関係があるって?」


低い声で呟くクロス様の背後に何やら不穏なオーラが漂い出す。
あからさまに駄々漏れのそれを知ってか知らずか(多分承知の上だろう)……ネアはさして気にした風もなく笑顔で言い切った。


「ここで俺がその『ツテ』になれたら労せず簡単に信用が得られるだろ?だから是非お宅の神田にそのクソガキの世話をお願いしたいなーと思って」


……いや、それは結局どういう意味なんだ……?
一瞬にして鬼の形相に変わったクロス様の傍らで、未だ含みありげに微笑んでいるネアを俺はただ見つめ続けることしか出来なかった。


 
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