Short

□愛しさを粉砕
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「ハァ……」


学校から帰ってきて家の扉の前で立ち止まった。つい溜め息を吐いてしまうのはもう習慣みたいになってしまっている。

この扉を開ければ神田に会える、神田に優しくして貰える。でもその分、僕は神田に対する想いを押し殺して耐えなくちゃならない。どうにもこうにも身動きの取れない現実……溜め息のひとつくらい出るってものだ。

「……っても、入らないわけにはいかないよね」


独り言にして喋りすぎなくらいの言葉を呟いて、僕は覚悟を決めてドアノブに手を掛けた。




「ただいまー………あ、」

パチリ、と思わず瞬きをした僕の視線の先には、見慣れた神田の靴ともう一足。神田の足と同じくらいの大きさのスニーカーが、堂々と玄関の中央に鎮座していた。しかも微妙に揃ってない(隣の神田の靴がいつも通りキチンと揃えてあるから余計気になる)。


神田の立場を考えると当然なのかもしれないけど、今まで神田が学校の友達を家に連れてきたりしたことは一度だってなかった。
……となると一体誰なんだろう。もしかして僕や、養父のマナに関係あるお客なのかもしれない。
そう思って慌てて靴を脱ぎ出した僕の耳に誰か知らない笑い声が聞こえてきた。声の出所はリビングらしい。続いて聞こえてきた話し声に、僕はそーっと聞き耳を立てる。


「……でも意外ー、ユウがそんなこと言い出すなんて滅多にないから」
「そうか?そうでもねェだろ、結構言ってるぜ」
「確かに文句は多いけどー、でも契約途中で止めたいなんて言ったのは今回が初めてじゃない?ボクちょっとびっくりしたもん」
「……今までが単発の仕事しかなかったからな。これだけ長引くとは思ってなかったんだよ」
「まだ高1だっけ?急に一人になっちゃって寂しいよね。どんどん契約更新しちゃう気持ち、ボクなんとなくわかるなー」
「………だからお前に来てもらったんだろ、頼むぜアルマ」
「うん!なるべく馴染んでもらえるように頑張るよー」


「…………」

ぐらり、と視界が揺れて思わず後退った。
……要はそういうことだ。神田は多かれ少なかれ僕の想いに気付いていたに違いない。だからこうしてスタッフを呼んで『兄』を交換してもらうつもりなんだろう。
気付いたら僕の手はリビングのドアを押し開けていた。


「………兄さん」
「ッ、アレン!」

突然部屋に入ってきた僕を見て神田が座っていたソファから立ち上がる。神田の傍らにいた青年も驚いたように目を見開いて僕を見つめていた。


「兄さん、今………」
「………。聞いてたのかアレン」
「すみません、聞く気はなかったんですが……」

僕の答えを聞いた神田がハァッと大きく溜め息を吐く。思わず肩を震わせ見上げた神田は、既にいつもの『兄』の顔じゃなかった。


「申し訳ありませんウォーカーさん。契約途中ですが、此方の都合でスタッフを変更させて頂きたくて」
「兄さん……」
「代わりの『兄』として、このアルマを推薦します。此方の一方的な契約変更ですので気に入らなければ今回の更新自体を破棄にすることも可能になっています」
「兄さん、僕は……」
「細かい条件に関しては基本変更はありません。引き継ぎも済ませてありますので、良ければ今からでも「……神田ッ!」

「………はい?」


僕を見つめる神田の目はあくまで『他人』を見る目だ。
あんなに神田と『家族』としてしかいれないことが苦しかったのに………いや違う。僕はただ、神田の傍に居られればなんでも良かったんだ。そんなただひとつの願いでさえ消え去ろうとしている現実が、辛くて哀しくて仕方ない。


「ウォーカーさん、何か質問でも?」
「神田……僕のこと、嫌になったんですか?それともずっと嫌だった……?」
「………」

息詰まりながらも何とか発した言葉にも神田が答える様子はない。気まずそうに僕を見ていたアルマが「ユウ……」と呟きながら神田のシャツの裾を引っ張った。そんな些細なことさえカンに障る。
……僕の気持ちがわかるって?馬鹿言うな。僕のこの、ずっと大事に大事に隠し通してきた神田に対する気持ちの何がわかるって言うんだ。

何も答えてくれない神田に哀しいを通り越して段々と腹が立ってきた頃。チラリとだけ僕を見た神田の眉が微かに歪む。
……もういい。どうせ嫌われたのは確かなんだし何でも好きに言えばいい。
そう覚悟はしたものの、ゆっくりと開いていく神田の唇から僕は思わず目を逸らしていた。


「………俺は、お前を『家族』だと思ったことは一度もない」
「……ッ」
「お前を『弟』だとは微塵も思ってなかった………思えなかった。だから俺は……その、なんつーか……」

容赦なく僕を切り裂いた言葉がこの期に及んで鈍く澱む。もうこの際ハッキリ言ってほしいのにと顔を上げて…………目の前の神田の顔に思わず固まってしまった。


「か、神田……?」
「ユウ、顔赤い」
「うるせェ!黙れアルマ!」

アルマに指摘されるまでもなく真っ赤な顔をした神田が僕を振り向く。
それはなんとも言えない微妙な表情だったけど、目の奥だけはまるで愛しいものを見るような、穏やかで柔らかいものだった。





もう1ページ続きます

 
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