Type A
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「えりなちゃんは俺の手、離すなよ?」
「うん」
「何があるか、わかんねぇからな。」
給食室の扉を開けて、宮地さんが中に入っていき、それに続いて高尾くん、私、最後に緑間くんが中に入っていった。
中は体育館より暗い。
だからかなんだか落ち着かなくて不安になる。今の私の格好は秀徳高校の冬制服にローファーという運動には向いていない格好である、何かが起こって走って逃げなくちゃって時に不安がある。でも、今はそんなことを考えていても仕方ない。そう思って給食室の中を物色する。給食室の調理場に入ったことがなかったから、普通よりもずーーっと大きな調理器具を見て興奮してしまう。私たちの給食はこんな大きな鍋で調理されていたんだと。
「…なんなのだよ、これは…」
「どうした真ちゃん?」
「血だ…」
「は?もっと詳しく話せ!刺すぞ!」
物騒すぎない?この人。
給食室の中をくまなく探して10分くらいたった頃、厨房の一角で少し目を見開いて1点を見つめたまま動かない緑間くんに気がついた。イメージだけれど、あの緑間くんがこれほどまでに動揺しているのだからただ事ではないものを見つけた、ということなのだろう。「どうしたの?」と声をかけると、少し声を震わせて呟いた。
「…なん、なのだよこれは!」
もっと詳しく話せと言われたのに、緑間くんは同じ言葉を2度繰り返した。様子がおかしい?
高尾くんの方を見ると、今まであんな表情の緑間くんを見たことがなかったのか、高尾くんですら固まっていた。少したって高尾くんは私の目線に気がつき、こちらをむく。
「大丈夫、見に行こうぜ」
「…うん」
私が安心できるように笑ってくれているのはわかるけれど、こんな体験したことないんだから不安なのは高尾くんだって同じはずだ。あまり、無理をして欲しくない。
そうは思っても何も言えなくて、同じく厨房の一角を探索をしていた私たちは探索を一時中断し緑間くんの方へと足を進める。宮地さんも動き出した私たちを見てため息を一つつけば、同じく近付いてくれた。
「おいおい、真ちゃんともあろー人が何固まっちゃって…んの…って…な…!」
「な…んだこりゃ…」
「…あ、…ぁ…っ…」
そこは、野菜や、肉を切る所。まな板の上に、包丁。それはおかしくはない。ただそれだけがあるのであれば変わったところなど何一つない。
そこには野菜も肉も魚もなかった。
そこにあるのは、人間の腕と、切り刻まれた腕らしきもの、…そして、となりに置かれてある大きな業務用の鍋の中にはミンチ状になった肉が入っていた。人間のミンチだろうか…?
グロいの平気だと思ってたけど、流石に…キツい…
「あ…っ…えりなちゃん…!」
高尾くんと手を繋いでいない方の手で口を覆い隠していたらそれに気付いてくれた高尾くんが素早く私の手を引いて、見えないようにと抱き締めてくれた。
カタカタ震える、怖い…人が…こんな…
「っ…た、かお…く…」
「ごめん、気…遣えなかった…」
「ううん、…っ…こっちこそ…ごめん…」
「いいって、仕方ねぇじゃん。…こんなの…普通見ねぇしな…」
「う、ん…」
右手を頭に、左手を腰にあてて抱き締めてくれる高尾くんの手も少し震えている。高尾くんだって怖いよね…ごめんね。
怖がってばかりじゃダメだ、怖いのはみんな一緒なんだから。
「ごめんね…震えないで…高尾くん…」
高尾くんにだけ聞こえるように小さい声で、届かないから少し背伸びをして耳元で囁く。
そうすると少しびくっと震えた高尾くん。その後すぐさっきより力強く抱きしめてくれると、…その腕や手は、もう震えが止まっていた。
「ん?この鍋の中になんかあるみてぇだな…」
「え…?」
宮地さんが、人間の肉のミンチであろうものが詰め込まれた鍋の中に何かを見つけた。
その声を聞いて高尾くんから少し離れて、改めて鍋の中を見る。
確かに、何かあるみたい、プラスチックのようなものが少しだけ見えている。
「えりなちゃん…無理するなって」
「大丈夫だよ、お化け屋敷だと思えば、こんなのへっちゃら!」
「…頼もしいな。でも、俺の手は離すなよ?」
「わかった。…じゃあ鍋の中の取っちゃおうか!」
「そうだな…って、えぇえええ?!」
「え?取らないと進まないじゃん?」
「いや、そうだけど…何腕まくりしてんの?!ちょっちょっちょ、たんま!待って!早まらないで!」
「そ、そうなのだよ!これに突っ込むつもりなのか?!」
何あせってんの。
ただの肉でしょ、血でぐちゃぐちゃだけど、それでさっき気持ち悪くなったけど、っていうか宮地さん鍋の中直視して気持ち悪くなったのか少し離れたとこで深呼吸している。
大丈夫、幸い外は土砂降りの雨、シャワーと変わりない。それで汚れた手を洗える。匂いまでとれるかはわからないけど大丈夫だろう。ほんの少しだけ何かが見えてるけど、血肉に触らずに取るのは厳しいと思う。突っ込んでがっちり掴んで抜くしかない。その方が時短で、手っ取り早い。手に傷はないし、変な菌を貰うってのも考えにくい。
「よっと」
「うわあああえりなちゃん抜いて!!手を抜きなさい!!」
「抜くのだよ、気持ち悪い!」
鍋の中に手を突っ込むと抜かせようとする緑間くんと高尾くん。だから取らないと、何かわからないでしょ。それにこのまま帰ったら、赤司くんがオヤコロになる、私はいいけど秀徳のみんながコロコロされそう。意味ないじゃん。
「お、あった…」
「え、まじ?」
「これか…」
鍋の中にあった物を手に取って鍋の中から手を抜くとその手には、鍵があった。
昔のホテルの鍵のような形。細長いプラスチックと鍵がボールチェーンで繋がってついていた。
「どこの鍵だろう…?」
「いやいやいや、それよりえりなちゃんの手!!やばいことになってるから!」
「平気だよ、生肉と変わらなかった」
「なんで平然としてんの!」
高尾くんが私の血まみれの手を心配してくれている。それよりも私はどこの鍵か気になってプラスチックの棒を手でゴシゴシとこするけれど、手が汚れているため見えなかった。早く洗いに行かないと。
カチっ…カチ…
「?!」
「!なんの音だ…?」
カチ、カチという少し高い音が聞こえる。何かを捻っているような音だ。
「……コンロの火をつける音だ」
カチ…カチ…と火をつけようとする音がどこからか聞こえてくる。目の前にもコンロはあるけれど、これではない。広い給食室のどこかのコンロの火をつけようとしてる、何かがいる。
何をされるのかわかったものじゃないな、これ。幽霊なんてもの感じたことも見たこともないけれど、今この現象を「気のせいだ」「無害だ」なんて無責任なことは言えなかった。
「えりなちゃん!真ちゃん!逃げるぞ!!宮地先輩も早く!!」
「わ!」
「高尾!待つのだよ!」
私が「逃げよう」と言うよりも先に高尾くんが叫んでくれた。痛いほどに手を強く握ったまま、手を引っ張って給食室から出る。外に出たからといって、安全になったわけじゃない。どこが安全だなんて決まってない。けれど、不安になる要素が一つ減って一つため息をついた。
落ち着いてきた頃に、雨の中に腕と汚れている鍵を入れて高尾くんが両手でごしごしと洗ってくれた。
「高尾くん…」
「馬鹿、ホント…馬鹿だな」
「ごめん…洗えばいいやって…思って…」
「鍵、貸して」
「あ…」
血や肉が落とされ綺麗になった手の中から汚れた鍵を奪い取って、雨で洗う。
シャワーのような雨でよかった。よく取れる。
「これで拭くのだよ」
「…緑間くん…ありがと」
「ふん」
「あーらら、素直じゃないねぇ真ちゃんは。ん、洗えた。」
緑間くんはポケットからハンカチを出すと、私に渡して手を拭かせた。ハンカチを貸してくれるような人には見えていなかったけれど、人を見かけで判断するのはよくないことだと学んだ。
匂いは大丈夫そう…
そして高尾くんも鍵を洗い終え、濡れた手を緑間くんのハンカチで拭けばそのまま緑間くんに投げて渡した。
当然緑間くんは怒ったけどね。
「で、その鍵はどこのだったのだよ」
「職員室、って書いてあるな。」
「職員室か、どこにあるんだろ…」
「んー、大体職員室って1階じゃねぇ?ね、宮地先輩?」
「………?宮地さん…?」
一緒に給食室から出て来たと思ってた宮地さんに声をかけるけれど、返事がない。まだ気分が悪いのかと思ってまわりをキョロキョロと見渡すけれど、姿が見えない。
いつからいなかった?
高尾くんが「逃げるぞ!」と声をあげたとき一緒に走ってきていたのを見た。そこからはあまり覚えていない。どこに行ってしまったの?
いや、愚問だ。
「宮地先輩…まだ、中に?」
誰が閉めたわけでもない給食室の扉。いつ閉まったのか、中がどうなっているのか何もわからない。
ただ、宮地さんが中にいることだけはわかった。
「…中にいるなら危ないと思う」
「そりゃあ、わかるけど…1人だしな」
「……だって、あの鍋みたでしょう?あれをやってのけた奴がこの学校のどこかに必ずいる!」
「!」
大きな鍋の中に人間をミンチにした肉でいっぱいにするようなバケモノがこの学校のどこかにいる。そして、バケモノはこの給食室でミンチにする作業をしていた。
あの量は1人の死体だけじゃない。おそらく何人も殺されていて、長時間ここでバラバラにした。
「つまり、バケモノがここにもどってくるかもしれない」
閉ざされた扉
(戻ってくる前に逃げたほうがいい)