LIFE GAME

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「まったく!オメーは無茶ばっかしやがって!」


輸血が終わってしばらくした後にえりちんはゆっくりと目を覚ました。すっかり顔色は良くなり、元気になっているようで俺もみんなも安心する。黒ちんと高尾が作ってきてくれたスープとか消化に良いものを起きてすぐに、お腹減ったと言って食べていた。

もちろん、虹村サンや俺に怒られながら。


「俺はえりちんに無理しないでって言ったよね?どうしていっつも無茶ばっかするのかな〜〜」

「そうよ、相打ち覚悟な戦いはもうしちゃダメよ?」

「ライトニングホークだってもう使っちゃダメッスよ!」


ウスタナクとの戦いは無傷でなんて絶対に無理だった。そんなことは誰だってわかっていたし、 えりちんもわかっていた。だから、えりちんはあんな戦い方をするしかなかった。実際に少しずつでもダメージがウスタナクに入っていたとしても、こっちからしたらそんな様子には見えなかったし、焦る気持ちもわからなくはない。

だからといって、えりちんのやり方を肯定する気はない。


「ん〜〜これすっごく美味しいよ!テツくん、高尾くん、ありがとう!」

「全然聞いてねーし…」


みんなでえりちんの説教をしているのに、えりちんは美味しいご飯に夢中で俺たちの説教なんて一切聞いてなかった。いつものことなのに、がっくりとする。


「ちゃんと聞いてるよ。ごめんね、あんな戦い方しか思いつかなかったの。私を心配してくれたんだよね、ありがとう。もう大丈夫だよ、もうしないから」

「……本当に?」

「本当だよ。敦くんを悲しませたくないから」


えりちんは俺を困らせないようにと素直に謝って、もうしないよと誓ってくれる。でも、ずっと俺はえりちんに対して不安を感じてる。なんだか俺が知ってるえりちんじゃないみたいな感覚がずっとあるんだよね。クローンのえりちんに抱いてたものとまた別。えりちんってこんなに自己犠牲するタイプだったっけ?まるで、死んじゃってもいいみたいなそんな戦い方をしてるように思えた。

その理由がよくわからない。10階に行く時震えていたのと関係あるのかもしれない。


「それより、えりな」

「なんですか、虹村先輩」

「お前が持ってたライトニングホークはどこで手に入れたモンだ?10階には持って行ってなかっただろ」

「げ」

「あ゙?」


虹村サンが俺も気になっていたことを聞いてくれる。えりちんは10階にライトニングホークを持って行ってないことはみんなが確認している。なのにあの土壇場でえりちんはライトニングホークを持っていて、迷うことなく使った。

なぜか崎ちんが冷や汗をかいてる。


「それは…祥吾くんがウスタナクと戦ってる時に落としたから、拾ったの。使えるかなって思って」

「は・い・ざ・きィイ!!!」

「拾ったえりなが悪ぃだろ!」

「落としたお前が悪ぃんだよ!死んでも落とすな!」

「理不尽すぎんだよなあ!」

「敬語使えこの野郎!」


前から思ってたけど、虹村サンと崎ちんってえりちんに随分と甘い気がする。俺が言うのもアレだけど。もちろん虹村サンは中学の頃からえりちんに優しかったけど、今はあの時とは比べ物にならないくらい。すごく心配そうにずっと面倒を見てくれてる感じだ。


「虹村サンってえりちんに甘いよね〜〜?」

「俺はえりなを甘やかすって決めてるからな。まだ食えるなら食うか?おかわり入れてきてやるから」

「おかわり、欲しいです!」

「おう、待ってろ」


えりちんが元気になったのを心底嬉しそうに笑いながらワシャワシャと頭を撫でると、カラになったお皿を持って治療室を出ようとする。俺の横を通り過ぎるときに、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で求めていた答えを教えてくれた。


「……男として、もう2度とあんな情けねぇおもいはしたくねぇんだ。」


その声はとても苦しそうだった。虹村サンのいう情けない思いってのが何かはわからなかったけど、虹村サンがえりちんを守ってくれているのだけはわかった。

えりちんが食べるといったご飯のおかわりを持って帰ってきてすぐの事、アレピオスが奥の部屋から出てきた。それに気がついた全員が治療室周辺に集まって、アレピオスの言葉を待つ。これから、なんでも答えてくれる時間だしね。


『目を覚ましたようだな』

「……この、人が…アレピオス?」

『ああ、ハジメマシテ。私がアレピオス・オルドリッジだ、夢咲えりな。元気そうでなにより』


えりちんはほとんど目が見えてなかっただろうから、しっかりとアレピオスを見るのは初めてになる。なぜかえりちんは意外そうな表情をしてた。


「ねぇ、敦くん。本当にあの人が私を助けてくれたの?あんまり記憶がないんだけど…」

「え?うん、そうだよ。えりちんを助けるのは報酬だとか言ってた」

「……そっか。ありがとうって、言っていいのかな」

『謝意は不要だ。これからも実験は続くのだからな』


実験はまだ続く。そうだとは思っていた。質問に何でも答えるとは言っていたけれど、求めていた答えを全て本人から教えられて、これでクリアなんて事は無い。まだ先があって、まだ戦わなきゃいけない。改めて言われると、誰もが警戒心を強くする。だけど、誰も絶望はしていなかった。


「……何度だって、立ち上がってみせる。今更諦めたりなんかしない。それより、聞かせて欲しいの」

『?』

「どうして私を特別扱いするの?」

『特別扱い、だと?』


えりちんも俺と同じことを感じていた。アレピオスは間違いなくえりちんを特別扱いしている。えりちんを助けようとするのは報酬だなんて言ってたけど、こんな目に合わせておいて助けるなんてありえる?何度も痛めつけるのが好きっていうサイコパスにも見えない。

何か別の理由がある。


『何を勘違いしているのかわからんな。お前も他のものと何ら変わりない。ただの被験者に過ぎん』

「本当に?」

『ならばこう答えようか。私は私の理想のためにお前を助けた、と』

「理想〜〜?それって、世界を全ての恐怖から救うってやつ?」

『そうだ』


世界をすべての恐怖から救うために、えりちんを助けたって言われても何のことだかさっぱりわからない。えりちんを殺したいなら、世界を救うために殺すことになるし俺にもわかる。でも、助けたってなると余計にわからない。


「その世界を全ての恐怖から救うって意味、教えて欲しいンスけど」

『お前たちにとって恐怖とはなんだ?』

「恐怖〜〜?」


俺にとって『えりちんを失うこと』、『えりちんを置いて先に死んじゃうこと』この2つに尽きる。えりちんの顔をみると、えりちんも俺の方を見ていた。きっと同じ気持ちなんだね。


「お互いを失うことだよ、みんなね。何かを失うのは怖いよ…いつだって」

「それもそうだけどよ、俺は老けたくねぇな。今のままバスケしてぇ」

「あ!それ俺も俺も!歳とって病気になったらもうバスケ出来ないッスからねぇ」


えりちんが失うこと、死ぬことが怖いというと、峰ちんと黄瀬ちんが老けるのが嫌だと言っていた。まぁ確かにこの先ずっと高校生でみんなとバスケするのも悪くないかもね〜〜。今が1番楽しいのかもしれない。


『そうだな、その全てが“恐怖”だ』

「四苦八苦のことか」

『その通りだ、赤司征十郎』

「えっと?それって四字熟語ッスよね?」

『人が苦しむ要素のことだ。生老病死で4つ。さらに愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の4つを加えると四苦八苦となる。仏教の教えの1つだ』


四苦八苦って言葉自体は知ってたけど、そんな意味があることまでは知らなかった。えりちんも知らなかったようで頭の上に「?」が浮かんでるのが見える。俺たちの学校はキリスト教だからね、仏教のことはさっぱりだよ。


『生きる苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ、死ぬ苦しみ、愛する者と別離すること、恨み憎んでる者に会うこと、求めるものを得られないこと、人間の肉体と精神が思うようにならないこと。』

「それって、今僕たちが“恐怖”だと言ったことと当てはまるの多くないですか?」

『五蘊盛苦が当てはまるかはお前ら次第だが、私を憎んでいるのなら怨憎会苦も、外に出たいと望んでいながら得られていないから求不得苦も、当てはまっているな?』


苦しみ=恐怖ってことか。確かにどれも避けられるなら避けたい。いくつかはこの病院に来てから強く感じるようになったものだった。

俺たちはアレピオスを憎んでいる。こいつさえいなかったら俺たちは、えりちんはこんなに辛い思いをせずに済んだのに。


「それで、お前の言う理想が四苦八苦とどう関係している」

『人は悲しみや苦しみ、恐怖を乗り越えることは出来ても、回避することは出来ない。私は、回避させる方法をずっと研究し続け、やっとたどり着いた』

「……待って、まさか!」


辛いことも苦しいことも時間が経ったり、友達のおかげで乗り越えることはできる。だけど、人生において絶対に回避することはできない。人はそうやって生きていくものだから。アレピオスはずっと回避する方法を求めてた。一度も苦しい思いも、悲しい気持ちも、マイナスなことは経験する必要がないと。

それが、そう言う意味だなんて、思わなかった。だからここは、病院だったんだ。本当にアレピオスは人を救うつもりだったんだね。


『そう、すべての恐怖から救われた存在。それが、ウイルス感染者だ』


こいつ、何言ってんの?

ゾンビや、クリーチャーが恐怖から救われた存在だって?そんなことあるはずがない。腐りかけた身体を保つために人を襲い、それでも足りなければ仲間を貪る。自分自身が恐怖そのものじゃん。

おかしいと思っていても、あまりの衝撃に誰も声が出ない。正気とはとても思えなかった。


『もちろん、お前たちと戦わせたゾンビたちは私の理想とは程遠い。研究のために使わせてもらったものだ。処分に困っていたから、代わりに処分を手伝ってもらった』

「そんなっ…そんな、くだらない理想のために…何人の人を犠牲にしたの?!」

『“くだらない”?本当にそうか?誰だって恐怖を回避出来るのならしたいだろう?病気になることも、死ぬこともない、そんな存在になれば争いもなくなる。生きることさえ、苦ではなくなるんだ』


言い返せなかった。苦しいのも悲しいのも本当なら回避したい。彼奴のやり方は間違っているって思っていても、理想そのものが間違ってるなんて言えなかった。俺だって、どんなことをしてでもえりちんを失いたくないんだから。


「違うよ、それは違う。苦しいことで悩んで、悲しいことで泣いて、それでも人は何度だって立ち上がる…それが人生、生きてるってことなんだよ。アレピオスが言ってる理想は、死んでるのと変わらない」


えりちんだけは、違った。迷うことなく動揺することもなく、間違っているとはっきりと答えた。確かに苦しいことも悲しいことも起こってしまうのが良くも悪くも人生ってもんなんだろうね。


『立ち上がれない人だっている。みんながみんな、夢咲えりなのように強いわけではない』

「そうだとしても、理想を押し付けるのは絶対に間違ってる!」

『……やはり、お前は救えないな』

「?…どういうこと?」


えりちんを助けたくせに、救えないという。どういう意味かわからなくて首を傾げた。アレピオスは俺たちと似た形をしている端末を取り出して、空間に映像を映し出した。

俺たちが1階で戦ってた時のもので、若松がお腹を貫かれたところで動画をとめる。


『若松孝輔、お前はリッカーβに攻撃されながらもゾンビになることはなかった。虹村修造、お前は知っていたんだろう?』

「…ああ、若松は完全抗体の持ち主、だろ?」

「完全抗体の持ち主…俺が?」

『そうだ、稀に若松孝輔や夢咲えりなのように完全抗体を持つ者がいる。つまり特定のウイルスに絶対感染しない者のことだ。』


なるほどね、それで救えないって言ったのか。アレピオスの理想はウイルスに感染した状態の人間を指すなら、確かにえりちんたち完全抗体を持つものは救えない。アレピオスが自作したウイルスだとしても、ベースになるウイルスの完全抗体持ちだったら感染しないかもしれないしね。





『夢咲えりなのようなものを救うために作り出された命。それこそが夢咲えりなのクローンだ』





世界を全ての恐怖から救う為に
(私はすべてを犠牲にした)
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