LIFE GAME
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「えりちん、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫!」
次の日を覚ました俺はえりちんの頭を撫でていると、えりちんも目を覚まして微笑んでくれた。嬉しそうに笑って俺の手を取る。昨日よりずっと顔色がいい。体調は大丈夫そう。精神的には辛いかもしれないけどきっとえりちんとなら乗り越えられると思う。そう俺は信じてる。
ここに来て俺らは精神的強くなった。
それはここから出てバスケをする時有利になるし高みへ行けるかもしれないけどさ〜、なんでかそれが誰かの計画の一部なんじゃないかと思えてならなかった。
「敦くん、何を考えてるの…?」
「ん〜?えりちんと二度寝したいなぁって」
「ダメだよ!みんなに怒られちゃう」
「わかってるよ〜〜」
「ご飯いこ?」
「そうだね」
ずっと食べてなかったしね。
みんなと一緒に食べているわけじゃないから、えりちんの分と一緒に適当に朝ごはんを作ってあげる。えりちんはいつもの量を美味しそうに平らげてくれた。心配になる位の暴飲暴食はもう見たくないしね。
朝起きたときにはすでに探索班が探索に行ってくれていたようだから、みんなの帰りをひたすら待った。何の情報もなしに次の階に行くわけにはいかない。船瀬との戦いでそれは身に染みている。
「ただいま」
「あ、征ちゃーん!お帰りー!」
赤ちんたちが帰って来るとえりちんは、ぱーっと笑顔になって赤ちんのほうに行って抱きつく。俺はそんなのにやきもちなんてやかないけど、決して、モヤっとさえしていない。それでもヤキモチなんて焼いてないって言い聞かせたのが室ちんに伝わったのか、くすっと笑われたのがまたムカついて気づかないふりをした。
「ああ。もう大丈夫なのか?」
「うん!心配かけてごめんなさい」
「構わないさ。それじゃあ報告を始めるから、えりなはみんなを呼んできてくれ。敦と一緒にね」
「1人で大丈夫だよ?」
「そろそろ敦が拗ねるからね」
「え?」
「赤ちん余計な事言わないでよ」
「はいはい」
えりちんが不思議そうな顔で俺のことを見るから「なんでもないよ」といって安心させてあげる。そうするとえりちんはわかったよーと走って抱きついてきた。
「?」
「敦くんもこうしたかったの?」
別に抱きしめたかったわけじゃない。俺以外の男にだけつくのが気に食わなかっただけだと言いたくなる。だけど言わない。そう、だって俺は本当はそんなこと思ってないし、やきもちなんかやかないしね。
「可愛いから、まぁいっか」
「?」
「えりなちゃんは本当にCuteだね!」
「赤ちんはいいけど室ちんは許さないから」
「What?!」
室ちんだけは近づけさせたくない。なんかやだ。別にえりちんは俺のものだしこれから離す気なんてさらさらねえけど、室ちんにだけは近づけさせたくない。なんでだろう。まぁいいか。直感がそういってるということで。
えりちんを連れて全員をナースステーションに集めると赤ちんからの報告が始まった。いつも通り見つかったのは弾とかタブレットとかそういうのと、USBメモリ。
「その前に虹村さんからこの建物のことで話がある。」
赤ちんがそういうと虹村先輩が前に出て来る。その表情はなんだか、話づらそうな感じで胸がざわついた。
「この端末で全ての階の地図が見れるようになってる。だから知ってる奴もいるかもしれねぇが、この建物は地上10階建て、つまり次が最上階だ」
「次が最後……」
次が最後という言葉に誰もが驚いてナースステーションはざわついた。喜ぶ声もあるし納得いかない声もある。
それが普通だろうね。まだ首謀者は現れてないしここから出られるというヒントも何も見つかっていない。ここがどこなのか俺たちはなんでこんなところにいるのかすらも何もわかってない。それなのに次が最後なんて、信じられるはずがなかった。大体最上階をクリアした後にどうしたらいいのかわからなくなるんだから、次があるってわかっていた方がいい。
「最上階とは言ったが、最後のフロアじゃねぇ。この病院には地下がある。とびっきり怪しい地下がな」
「地下?!」
とびっきり怪しい地下?なにそれ。大きい病院になんて世話になったことねーから普通地下があるのかどうかさえよくわからない。
というかこの病院どこもかしこも怪しいしね。
「地下はあってもおかしくないかもしれねぇ。問題はそこじゃねーんだよ。今赤司たちと一緒に上の探索に向かったんだが、そんとき初めてこの中の案内図を見た。そこに地下の記載はなかった。表向きには存在しない場所っつーことだ。」
「…それってつまりどういう意味ッスか?」
「つまり、クローンのえりなが作られたのは地下という可能性がある。そこにいけば何かがわかるかもな」
「…病院が一般的に秘密にしていたことが少なくともありますね」
「ああ」
「最上階に行けたと思ったら今度は地下かよ…」
「でも行き詰まるよりマシだわ」
次が最後だって思ったのにまだ先があるって確かに辛いよね。実渕の言うとおり、行き詰まってお手上げ状態になるよりずっとまし。それは今はまだ何もわかってないから。何か1つでも手がかりになるような情報が見つかればいいんだけど。そうじゃなきゃ、いつこの生活が終わるかもわからないから、精神的に辛い。太陽が昇っている時間が短い国は、暗い時間が長すぎて鬱になりやすいと言う。この病院は常に暗い。電気は通っているし飲食にも困ってないけど、明かりだけはない。今だけはそんな国に住んでいる人たちの気持ちがわかる。かなりキツイ。ナースステーションはそんな重い空気になった。
だから虹村サンたちは俺たちに階数のことを黙ってたんだろうね。きっとみんなも地図を見ないようにしていたかもしれない。
「でもまぁ10階に何があるかわかんねぇが、地下に何かしらあるとみていいと思う。そこに期待しよーぜ。大丈夫だ、俺らなら絶対に脱出できる。」
ニッと笑って、いい雰囲気に持っていこうとしている虹村サンを見て誰もが肩の力を抜いた。
そうだよね、気が遠くなったり絶望するのにも慣れた。ここにいすぎて、正直本当に出たいのかもわからなくなってきた。そんな状況でもこうやって希望を見せてくれる仲間がいるから、俺も頑張れる。
「虹村さん、ありがとうございました。次は僕からこのUSBについて説明する。」
「10階の敵の事ですかね…」
敵、か…次は一体誰が。いや、誰だって構わない。立ちはだかる壁はみんなと、えりちんと一緒に乗り越えたらいいだけだ。USBを赤ちんの端末に読み込ませて、空間に表示させる。
そこには1枚の写真が添付された資料が映し出された。
「【ウスタナク】…?」
「セルビア語で決起、じゃなかったっけ」
「敦くんセルビア語とかわかんの?」
「暇だったからセルビア語の本読んだ時にちょっと覚えた」
「そうなんだ、すごいね!」
「ありがと」
「読むぞ」
「【ウスタナク】について
C-ウイルスの変異によって生まれたB.O.W.。命令には忠実で、非常に高い知能を有し、更に桁はずれた体力を誇っている。視覚がほとんどないためにほとんどを聴覚等に頼っており、自らの肉体から索敵のために【オコ】という小型B.O.W.を生産する力を持つ。とても大柄で右腕にはギミックアームかショットガンが取り付けられている。自ら交換することも可能とする。」
「…ギミックアームと…ショットガン…!!」
誰かが「勝てるわけない」と言った。
大柄で、右腕にギミックアームとショットガンが取り付けられているし、桁外れた体力のB.O.W.。分が悪すぎる。攻撃も防御も他とは比べ物にならないってことじゃん。最悪なことに知能だってあるし、こっちの攻撃を避けたりしてくるかも。勝てないとは言わないけど、どうやって勝つのかわからないのは確かだった。
「あの、すみません。ギミックアームってなんですか?」
「ギミックアームはワイヤーが格納されてて遠距離までその爪を飛ばすことが可能アル。その爪で捕えた相手をそのまま握り潰したり、キリのような針で突き刺し失血死させることも出来るアル」
「よく知っとるなあ」
「前にウスタナクによく似た奴が中国を襲った事があったアル。其奴の右腕にもギミックアームがあったって。その時、沢山の人間が死んだアル。」
ウスタナクに良く似たやつが中国に?そんな話は聞いたことがない。たくさんの人がそんなバケモノに殺されたなら世界的なニュースになるはず。
なのに、聞いたことがないって、どういうこと?
「隠蔽されたの?」
「おそらく。そもそも噂として聞いただけアル。ニュースでやってたわけでも、実際見たわけでもないアル。」
「其奴はどうやって倒したンスか?」
「勝手にどっか行ったらしいアル。倒したのか、不明アル」
「……そうなンスか」
中国にいたウスタナクらしきものと同じ奴が10階にいるかわからねーけど、俺は心の底から怖いと思った。手に入れたあのコートは防弾になってるらしいけどショットガンに耐えれるの?耐えれるとしても顔を狙われたら死ぬ。
大丈夫だとしても何発まで耐えられる?当たっても大丈夫でも怖いのには変わらねーじゃん。
「中国はどうなってるの?」
「めちゃくちゃになったアル。噂では立ち入り禁止区域になったとか。バイオテロがあったんじゃないかって話アルよ。場所は沿岸部としか聞いてないアル」
「……中国の、沿岸部…詳しい場所まではわかってないけど、中国は日本の隣だよ?飛行機で2、3時間しかかからないくらいしか離れてない場所でそんなことが…」
えりちんの声が震えていた。どうしてこの世にウイルスが生まれたのかわからない。でも確かに人の手でウイルスは生み出され、B.O.W.も人の手によって生み出されたもの。
中国の沿岸部というのも人の悪意で起こったこと。
たまたま中国だったっていうだけで、もしかしたら日本で起こったかもしれない。もしかしたら知らないだけで、日本でも起こったのかもしれない。自分のすぐそばでそんなことが起きているなんて知らなかった。
今俺が生きているのは、偶然と奇跡なのかもしれない。
「【決起】…覚悟して行動する事。こちらも、そろそろ覚悟をした方がいいかもしれないな。」
「それって誰かが死ぬことを?」
えりちんがキッと赤ちんを睨みつける。誰も死なせない、そんな覚悟が伝わって来ていた。
「もちろん、誰にも死んでほしくはない。その為の準備も怠らない。それでも、死ぬかもしれない。それだけは頭に入れておけ」
「……わかってるよ」
人は案外脆い。ウスタナクに殴られただけで即死する可能性だってあるし、攻撃を全部避けないとあっさり死んじゃうかもしれない。えりちんがどれだけ頑張ったって、守れないものだってある。
「……それでも、誰も死なせない。どうすればみんなを守ることが出来るのかはわからないけど、必ず」
「ちょっとえりちん、背負いすぎだよ。えりちんだけが背負うものでもないんだしさ〜〜」
「そうよ。アンタだけに背負わすわけないでしょ。みんなで協力してここを出んのよ!」
えりちんはどうも自分よりも、俺らのことを優先的に考えているようで思いつめたような表情をしている。だけど、実渕がえりちんの頭をぽんぽんと叩くとえりちんはふっと力が抜けたように笑ってくれた。
「みんなで助け合えば、きっと大丈夫だよね」
「大丈夫ッスよ!それに俺たちえりなっち守られたくないッスよ。支えてくれたえりなっちを今度は俺たちが守る番。」
「うん、信じてるよ!」
死という覚悟