LIFE GAME

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あれはいつのことだったろうか、昨日だったか一昨日だったか1週間前だったかそれとも1年以上前だったのか。

もう、ほとんど覚えていない。

つい最近だったような気がするし、すごく遠い日のようにも感じる。それはえりなと、未来、元気の4人で遊んでいる日のことだった。家に帰る道の途中で、急に眠気に襲われた。そして気がつけば真っ暗な病院の病室にいた。


「ぃ、や゙あ゙ああ!!元気、っ…元気ぃ!!」


未来が泣いている声で目を覚ました俺は、慌てて状況を理解しようとした。なんで未来は泣いてるのかわからなかったけれど、むせ返るような血の匂いがして嫌な予感がしたんだ。


「な、んだ…このにおい…?!」


臭いばかりに気をとられていたけれど、自分の手元がぬるっとしていることに気がついて手のひらを見る。そこにはべったりと血がついていた。怪我をしたのかと思ったけれどどこも痛くない。だとすればこの血は…考えなくてもわかってしまった。


「っ…元気!!おい、おい!!!しっかりしろって!!!」


未来の隣で倒れていた元気をゆさゆさと揺らす。真っ暗であまり見えていなかったけど、おそらく首元から出血していてすでに助かりそうにない。


「2人とも元気くんから離れて」


急に眩しいくらいのライトが目に当たって、手でかばう。その声はえりなのものだった。えりなは見たことのない服装で、銃を所持していた。いつからそこにいたのかわからない。


「な、んだよ…それ?」

「信じられないかもしれないけど、この病院の中にはたくさんのゾンビがいるの。それを倒すための武器だよ」

「えりなちゃん…?な、にをいってるの?」

「後で説明するから、早く元気くんから離れて!」

「いや!!元気から、っ…離れたくない!!」


えりなは俺たちよりも先に目を覚ましていたようで、事情を知っているらしい。それをわかっていても、未来は頑なに元気のそばを離れなかった。


「まぁまぁ、2人とも落ち着けよ。えりなも先に説明してくれねーとわかんねぇだろ?」

「そんな時間ないの!!早く離れて!!」

「………え??」


元気の手を握って泣いている未来を、元気は急に起き上がって抱きしめる。それを見たえりなが焦って手を伸ばした、

───抱きしめてるように、見えたのに


「あ゙……??え…??げ、んき…??」

「げ、んき……おまえ、お前!!何してんだよ!!!」


未来の首元に噛みついていた。

えりなが銃についてるライトで照らしていたからよく見える。この光景をきっと永遠に忘れないだろう。


「ア゙、ァ゙……」

「ごめん、ごめんね…元気くん!」


えりなも泣きそうになりながら銃を握り直して、銃口を元気に向けたと思ったらすぐに発砲した。

元気の頭を貫くと、血が俺にもかかる。


「丈くんっ、逃げるよ!!」

「っ…みら、い…!」


元気から解放された未来は、元気と一緒にばたりと倒れる。折角元気から助け出せたのにえりなは未来を助けるつもりはないようで俺の手を取って病室を出て行った。

えりなが連れてきてくれた場所は、ナースステーションだった。その奥にはロッカールームがあって、俺の名前が書かれたロッカーがあった。


「なん、だよ…これ」

「私が今身に付けている服とか銃入ってる、状況を説明するからまずは私を信じてロッカーの中に入ってる服に着替えて」


元気の信じられない行動を目の当たりにしたばっかりだし、えりなを信じるしかなさそうだったのでえりなに背を向ける形で着替える。

そこで俺は、俺たちが気を失なって寝ている間に、元気と2人でここがどこなのかどういう状況なのかという情報を集めにこの病院内を探索してくれていたこと、出口が見つからなかったこと、その時にゾンビに襲われたこと、元気が怪我をしたこと、その後にウイルスのこととゾンビのことが書いてある資料を見つけたこと、間違いなく元気はそのウイルスに感染していたことを聞いた。


「元気くんはそれを知って、発狂してしまったの。何を思ったのかわからないけど、急に走ってどこか行ってしまった。」

「俺たちのもとに戻ってきたってことか」

「そう。元気くんは優しかったから、みんなを傷つけまいと自分を傷つけた。ゾンビにやられた傷からさらに自分で。」

「でも、遅かった」


だからあんなにも離れろって教えてくれていたのか。俺が早く未来を元気から引き離していたら、未来は助かったかもしれない。


「じゃあ…未来も」

「間違いなくゾンビになるよ。でも病室の中にいるから、ここまで追ってくる事は無い」

「なんでだよ?」

「ゾンビには知性がないの。ドアの開閉はできない。」

「…わかった、俺が殺す」

「いいの?」

「えりなばっかに背負わせる訳にはいかねぇよ」


えりなは急所である頭を撃ち抜いて元気を殺している。それなのに泣きわめいたりもしないで、今するべきことをしてくれていた。俺も覚悟を決めないとな。放置しててもいいのかもしれねぇけど、それじゃダメだと思った

着なれない服に着替えて、顔についた血を拭き取る。状況は理解した。元気がああなったんだ。ゾンビがいることを疑ったりしない。


「えりな、銃の使い方…生き残る方法を教えてくれ」

「わかった」


えりなだってこんな状況で泣きたいはずなのに、泣かないんだ。俺だって、頑張らなきゃ。それに、怖がってばかりだとアイツにひねり潰されてしまいそうだ。

えりなはすでにかなりコツを覚えたようで、的確なアドバイスをくれる。本当にマネージャー向きだな。

当たり前だが人を殺したことなんてあるはずもない。人を殺すすべを覚えるのだって当然初めてだ。なのに不思議と落ち着いている自分がいた。自分が生き残るためには友達を殺すことは避けて通れない道だ。えりなに全部任せるなんてこともできない。そう状況を理解してるから、思っていたより冷静なんだと思っていた。『なんだ、俺って案外適応能力高いんだな』とか思っていたほどだ。

──そんなんじゃないと気がついたのは、もう少し後の話だ。


「あ゙ァ…ぅ、あ…」

「未来…」

「元気くんが倒れてた場所から離れないね」


戦うすべを覚えて、未来を楽にしてやるために病室に戻る。そこには元気の姿はなく、未来は変わり果てた姿となっていた。でも、襲ってくる気配はなくて元気が倒れていた場所から離れようとしない。『元気から離れたく無い!』という生前の想いが今も残ってるんだろう。

それでも特に感じることもなく、えりなに教えてもらった通りに銃口を未来に向けて、撃った。


「行こう、えりな」


生き絶えた未来を見ることもなく、病室を後にする。さよならも、ごめんも伝えることはなかった。ゾンビとはいえ初めて人を殺したのに、何とも思っていなかった。友達を失ったのに、不思議と涙も出てこない。


「丈くん?」

「俺はこんなところで死ねない。元気や未来を殺したのだって仕方ないこと、そうだろ?」

「……うん」

「……俺は間違ってない」


えりなが心配そうに俺の顔覗き込んでくる。心配しなくたって平気だ。これは仕方のないことだし、俺は間違ってない。えりなだって俺を否定しようとはしないんだから、これが正解なんだ。


「まずはゾンビを殺そう。探索の邪魔だ。その後で何か脱出のヒントになるものがないか探索をしよう」

「うん、いつまでもここにはいられない」


そうだよな、アイツが待ってるもんな。きっと今頃えりながいないことに気がついて慌てているんじゃないか。いや、あいつ合宿だし合宿所のほうに連絡が来て無理言って秋田に帰ろうとするかもな。慌てているあいつを思うとなんだか笑えてきた。

お前の代わりに、俺が必ずお前のお姫様守ってやるよ。


「ゾンビはあんまり強くねぇなぁ。銃弾がなくなったらどうしようと思ったけど、ゾンビが持ってたり、あちこちに落ちてたりでなんだかんだ余る」

「うん、なんだかおかしいと思わない?戦う術を用意してくれていて、その手札を絶妙なタイミングで切らせないようにしてくれている。私たちを殺すのが目的じゃないのかな?」

「犯人の目的ねぇ」


確かにそうかもしれない。こんな弱いゾンビがたくさんいたとしても、今の俺を殺すことはできない。そもそも殺したいだけならこんな回りくどい事はしないだろう。

憶測だけの話ならいくらでも語ることができる。でも俺にとってはそんなことどうだってよかった。今の俺にとって大切なのは、えりなと2人で秋田に帰ることだ。犯人の事とかゾンビの事とかどうだっていい。ただただ帰りたい。死にたくない。それ以外の事は俺に関係ない。今俺が知りたいのは、本当にここから抜け出せるのか、ただそれだけだ。


「?!えりな…っ!!」

「なにっ…?!きゃあ!!」


急にゾンビではなく人間の手が伸びてきたのが見えて、えりなを庇おうと手を伸ばしたけど間に合わず、えりなは誰かに髪を強く後から引っ張られた。


「いた、いっ…離して!!」

「誰だ!!!えりなを離せ!!」


俺たち以外に人間がいるとは思ってなかったし、いたとしてもえりなの髪を掴むなんて信じられない。どんなやつがえりなの髪の毛を強く引っ張ったのかさえあまり見えなかったから、ハンドガンについてるあかりを向ける。


「ッ…?!」


想像もしていなかった人物に、言葉が出なかった。それもそうだ、同じことが起こったら誰だって俺と同じように言葉が出なくなる。

───俺だった、間違いなく。

俺と全く瓜二つな顔を持っている男が、えりなの髪を強く引っ張っていた。髪引っ張っている手とは逆の手でえりなの口と鼻を覆い隠すと、えりなはその瞬間に気を失ってしまった。

ここに来て初めて戸惑った。撃てばいい。俺が本物なんだし、えりなに危害を加えている。何をしでかすかわからない、とっととトリガーを引けばいい。そう思っているのに指が動かなかった。


「くそっ、くそ!!」


動かない。動いてくれない。
その間に俺はえりなを抱えてどこかに行ってしまった。どこにいったのかもわからない。

その場にヘタリ込む。

こんなことがあってもいいのか?俺がえりなを襲って、どこかへ消えた。間違いなく俺だった。違うところと言えば虚ろな目をしていたことだろうか。それ以外は立ち姿も、服装もなにもかも一緒だった。


「な、にも…できな、かった…!!」


俺の正体がなんなのかわからない。どうして、2人目の俺がいるのかも、俺がえりなを連れて行ってなにをしようとしているのかさわからない。わからないこそ、えりなを助けるべきだった。撃てばよかったのに、撃てなかった。

───自分を、撃つなんて出来るはずないだろ。

自分を撃つってことは、自分が死ぬところを見るってことだ。そんなのに耐えられるのか?無理だ、俺には、出来ない。でも、えりなを助けなきゃ。アイツはここにはいないんだ。


「別に………殺す必要は、ないんじゃないのか…?」


えりなまで失う訳にはいかない。1人で脱出出来ないし、耐えられる気がしない。必ず助ける。どこに行ったかわからないから、とりあえず今行ける範囲で探してみる。

1つ1つ病室をあけて、中を確認したり行けるところは全て行く。だけどえりなも見つからなければ、脱出出来そうな気配さえしない。


「もう、全部行けるところは行っただろ…」


この病院のシステムは知っている。1階ずつクリアしていって、次の階へ進める。でも、とりあえず装備を整えよう、そう思ってとりあえず下の階に戻ることにした。


『あ゙ァ!!ぅ、あ゙!』

「なんだ?!なんで、っ!!」


クリアしたはずのフロアに敵がいた。今までとは比較にならないほど強く、とてもじゃないが1人だと勝てる気がしない。死ぬわけにはいかないとゾンビがいない安全な場所まで撤退した。


「怪我は…してないよな…。助かった」


急に強くなるなんて思っていなかった。今まで大して強いって思ってなかったしな。それよりどうして、クリアしたフロアに敵がいるんだよ。全部クリアしろってことか?全部クリアしたら出られるのか?いや、そんなこと説明されていない。ただの希望だ、願望だ。期待しすぎてたんだ。

次のフロアに進める階段の前まで行く。ここだけはいつも平和だった。これより上にも下にもゾンビがいる。間違いなくえりなはこの病院のどこかにはいるはずだ。でも、敵がまた出てくる前に全部探したけど見つからない。もう一度クリアしていけばえりながいる場所に行けるようになるのか?1人で倒し切って、えりなを助けて、いつ終わるかわからないのにまた戦う。

───本当にそんなことが出来るのか?


「ああ…そっか、俺心が折れてるんだ」


目が覚めた時からずっと俺は、心が折れていたんだ。






「それでも、俺には……」









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