LIFE GAME

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「えりちんが…クリア条件……?それって、どういう意味…?」

「そんなことあるはずねぇッスよ!!大体、この階にゾンビがいないって決まったわけじゃない!適当なこと言ってんじゃねーよ!」

「俺だって言いたくて言ったんじゃねーよ!!」


崎ちんが口にしたことは、俺も頭のどこかで気づいていたことだった。でも、そうあってほしくないとずっと願っていた。だってえりちんがクリア条件ってことはえりちんを殺すってことでしょ。ふざけないでよ、えりちんを殺したらここまで来た意味がなくなるじゃん。

誰かが口にしたら、頭を思い切り殴られたかのような感覚に陥る。手が少しだけ震えた。

もし、本当にえりちんが条件なら…ここでえりちんは確実に脱落ってこと。どっちみちえりちんは死ぬ。今殺さなくても、えりちんは感染してるから、いずれゾンビになっちゃう。…そして誰かの手によって殺され、上に進む。

今殺しても殺さなくても、えりちんの未来にあるのは…死、のみ。助ける方法はないってこと。


「っ…他の敵を探すしかねぇ!!」

「だから、どうやって探すのよ!地図上では敵の位置はわからない!」

「じゃあこのままえりなちゃんを殺すって言いたいのか!」

「そうは言ってないわよ!考えもなしに動くのはよくないでしょ!もっと冷静になれないの?!」

「他のことを考えてる時間なんかないッスよ!!今はとりあえず行動しねぇと!!」


どうしようもない。そうとしか、言えなくて。現実味がない。えりちんのことで口論しているのに俺は口を挟むことさえ出来なかった。えりちんが…死ぬ…?考えられない、考えたくない。

みんながえりちんを助けたくて焦っているのも、イライラしているのも、そのせいで喧嘩してしまっているのも嬉しく思う。でも、俺もみんなも気付き始めてるんだよね。

えりちんは助けられない、って。


「認められるわけねーじゃん…」


当たり前のようにずっとそばにいてくれた子、何があっても俺に笑いかけてくれていた子、たくさんたくさん俺に与えてくれたのに、俺は何もできないまま死なせてしまうの?

そんなの、嫌だ。

失いたくない、これからもずっとずっとそばにいて欲しい。失うなんて考えられない。そんな未来が怖くて怖くて、思わずえりちんの手を握った。


「……えりなはどうしたい?」


赤ちんの声はいつものように落ち着いていた。隣にいる虹村サンも崎ちんもどこか落ち着いていて…えりちんの死を受け止めようとしているように俺には見えた。

どうして…そんなにすぐえりちんの【死】を受け入れられるんだよ。えりちんは俺たちの大切なマネージャーだろ?なのになんでそんなに落ち着いてられるの。


「……他の敵をギリギリまで探したい。駄目かな…?私なら、まだ平気だよ」

「…いや、それでいいよ。」

「最期の我儘を聞いて欲しいの、敦くん」


今にも泣きそうなえりちんが俺に腕を伸ばす。凄く震えてて、言えばいいのに、死にたくないって、言ってよ。そしたら…俺は。でも…きっとえりちんはそんなことは言わないから。

俺ももう、何も言わないよ。


「うん、わかってる。俺が、殺してあげるね。」


他の誰かが殺すなんて、嫌だ。

えりちんが最期に見る顔は俺でいいし、せめて俺が殺してあげたい。俺の顔を見て、安らかに眠って欲しい。それが今の俺に出来る恩返しなのかもしれない。だから、言いたいことがいっぱいあっても、わがまま言いたくなっても、今はぐっとその言葉を飲み込む。

口にしてしまわないように、そっと抱きしめる。気持ちを閉じ込めるように。


「……ごめ、んね……」


そう言って笑うから、えりちんの覚悟を鈍らすようなことは言えないなと改めて思う。

えりちんから聞きたいのは謝罪の言葉じゃない。そんな言葉じゃないんだよ。


「ありがとうって、言ってよ」

「…ありがとう」


えりちんをもう一度キツく抱き締めて、いないとわかりきってるような探索に出た。銃を構えて、敵がいないか気配や殺気を探す。いつまでたっても6階からは俺たちの足音や息遣い以外の音は聞こえてはこなかった。

気配を消せる敵がいたとしても、俺たちは大声で叫んだりしていたのに襲ってこなかった。それが敵がここにはいないって何よりの証拠でもあった。


「っ…く…はぁ…は……」


その間にもえりちんはどんどん辛そうになって来て、時間がないことがわかる。えりちんを殺さなきゃいけない。そう考えるだけで呼吸が乱れた。身体がずしりと重い。バスケの試合が終わったあとより、ずっと身体が重い。苦しい。本当に、心臓が潰れてしまいそうなほど苦しい。

ポーカーフェイスとか苦手だけど、今だけは無表情でいよう。えりちんが心配しちゃう。


「何も、何もいないわね…」

「このままじゃ…!」

「敵がいないってことはやっぱり鍵を探せばいいンスよ!ダウンロードするタイプの鍵が絶対どこかにある!まだ時間ならある、手分けして探すッスよ!」


そんなのあるわけがない。黄瀬ちんだってわかってるはずなのにね。鍵のダウンロードは普通、フロアをクリアするたびに全員の端末に行われる。どこにいても、何をしていても。そんなことが出来るなら、特定の場所でしかダウンロード出来ない鍵なんてあるはずがない。同じフロア内にいるならどこであろうと端末側に何かしら反応があるはずでしょ?


「もう、いいよ…涼太くん…」

「いいわけねぇだろ!!…っ、えりなっち?!」

「えりちん!」


鍵は探さなくていい、と言った途端えりちんがその場に倒れこみそうになって咄嗟に抱きかかえる。その身体はかなり熱くなっていた。


「ありがと、ね…諦めないで、いてくれて……」

「だって…だって、っ…えりなっちに死ねって言ってるみたいじゃないッスか!!こんなの…あんまり、じゃねぇか…」

「ふふふ、私は、幸せ者だね…こんなに惜しんでくれる…人がいて…」

「何言ってるのよ、当たり前でしょう…!!」


えりちんが黄瀬ちんに手を伸ばすと、黄瀬ちんも涙を流しながらその手を取る。黄瀬ちんは泣いてるのに、えりちんは満足そうに笑みを浮かべていた。


「……本当にありがとう。」

「諦めるの?えりなちゃん、まだ時間はあるだろう?」

「えりちん…」


嫌だ、嫌だ、嫌だ。まだ時間はある、ゾンビになんてさせない。絶対に死なせない。殺したくない。なんで諦めようとしてんだよ、怖いくせに、死にたくないくせになんで笑ってんの。本当に意味わかんねーんだけど。

本当に、俺が出来ることって…えりちんを殺すことだけなのかよ。


「ううん、もう…時間がないの」

「そんな…」

「っ…踏ん張ってるけど…頭の中では、みんなのこと…美味しそうって思ってるんだよ……?笑っちゃうよね、人のお肉が…美味しそうに見えるなんて…」

「………」


静かな病院に絶望の冷たい時間が流れる。言いたいことなんて、いっぱいあるのに…何も言えない。どうしよう、頭の中が真っ白。俺が殺すの…俺がえりちんを…、殺す…?


「人間のまま、で…死にたい…」

「………うん、そうだったね」


えりちんを殺すなんてそんなこと出来るはずがない。そう思っていたけど、今の言葉でハッとする。えりちんは「ゾンビにとって死は救済」だと言っていた。友達を殺すゾンビになんて誰だってなりたくないよね。だからえりちんは船瀬のことだって殺せた。

えりちんは俺に救って欲しいんだ。死にたくないんじゃないんだね。

これは俺にしか出来ないこと。だから、俺がやるんだ。わがまま言いたいけど、えりちんをやっぱり困らせたくないから次の機会にするよ。


「えりちん、起きたら何が食べたい?俺なんでも作ってあげるよ」

「それなら、敦くんが作ったふわふわのパンケーキがいいなぁ」

「たっぷりクリーム乗せてね」

「うん、それがいい。幸せな夢が見られそうだよ」


泣くな、俺。えりちんが最期に見る俺が泣き顔でいいはずないじゃん。俺が泣いてたらえりちんきっと心配するから。安心させてあげるためにも、今は笑おう。

右手で銃を取り出して、えりちんの額に銃口を向ける。苦しませないように、一撃で死ねるように。もう迷わない。


「おやすみ、えりちん」

「おやすm───」


引き金を引く人差し指に力を込めた時、奴は上から降ってきた。それは本当に一瞬の出来事で、俺は何も出来なかった。






「時間切れだよ」







俺の頭上にあった、通気口ダクトから人が降ってきて、えりちんの手を握っていた黄瀬ちんを突き飛ばせば、俺の腕の中にいたえりちんの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

そのまま手に持っていたショットガンをえりちんの顎の下につきけた。


「えりちん!!!」

「えりなちゃん!!!」


えりちんを助けようと俺と室ちんが身体を動かす、でも俺は虹村サンに、室ちんは崎ちんにそれぞれ後ろから羽交い締めにされる。

本気で俺たちを止めようとしてるみたいで振りほどこうとしても、無駄だった。なんでこんなことになってるのかさっぱりわからなくて、頭が真っ白になる。


「離せよ…!!!!」

「っ…悪い……!」

「えりちん…!!!」


えりちんと約束をしたのに。俺が殺してあげるって言ってたのに、それさえも叶わない。俺がえりちんにしてあげたかったこと、何も…何も出来ない。どうして、どうしてなんだよ!

なんでまた、この手は…!!





「あ、つし…くん!!」

「心から、感謝します」





────バァン!!!







『The Sixth Floor Clear』









伸ばした手は、いつも届かない
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