LIFE GAME
□08
1ページ/1ページ
「404号室ってあったけど、特に何もなかったね。じゃあ次行こうか」
室ちんが404号室の中を探して、何もなかったと判断すると、えりちんもそうしようと言って病室を出る。その後もいくつか病室の中に入って捜索を続けるけど、ゾンビもいなければアイテム1つも見つかってない。もちろん他のメンバーも。
最優先は他のメンバーだし、闇雲に探してゾンビに遭遇するのはよくない。
「もしかして、みんな目を覚ましてどこか安全なところで集まってるんじゃないかしら?」
「うーん…みんなで隠れてる、か」
「そんなの…」
3階に集まったメンバーがすでに目を覚まして、各自で行動してたんだから4階にいるメンバーだって目を覚ましている確率は高い。俺や室ちんも4階で目を覚まして、何もわからないのに病室から出ていた。
今思えばかなり危ないことをしたと思う。えりちんや赤ちんと合流出来てなかったら、ゾンビに襲われて何もわからないまま死んでいたかもしれない。
「やっぱりナースステーションしかなくなーい?」
「そうね、私もそう思うわ。ナースステーションはおそらくどの階も同じ構造をしているはずよ。何人いるかわからないけど、広いしみんなで隠れるならナースステーション以外にないと思うわ。」
「そうだね。じゃあナースステーション行こうか!」
えりちんは何かが吹っ切れたのか笑顔で接してくれている。前を歩いて、不自然なくらい笑っている。壊れないか、すっげー心配で…。もう壊れてるんじゃないかなーとかも思ったりもする。
単純に1人じゃないことを喜んでるならいいんだけど。
パン!
「?!」
えりちんと一緒に歩いていると後ろから銃声が聞こえる。全員が同時に振り向く。室ちんかと思ったけど、手をひらひらさせて「俺じゃない」と言っている室ちんが俺のすぐ後ろにいたから違った。発砲したのは峰ちんだった。
「峰ちん…?」
「わり、後ろから襲い掛かってきやがってよ」
「ごめんなさい、気付かなくって…」
「いや、えりなのせいじゃねーよ。寧ろえりなが前を見てくれてっから後ろに気づけた」
「ありがとう、大輝くん」
後ろから襲い掛かって来たのは既に消えかかっているゾンビ。そうか、後ろにも注意をしなきゃいけないんだね。
えりちんが前を警戒してくれてるから、前から突然来てもえりちんか俺が対応出来るかもしれないけど、後ろは流石にね〜〜。えりちんも俺も後ろに目があるわけじゃねーし。
「高尾くんか、伊月くんが必要ね」
「そうなんですか?」
「あの2人は空間認識能力が高いのよ」
「…便利ですね、いいなぁ」
えりちんは表情を一切崩さずに、再び歩き出した。この余裕は何処から来るの?えりちんは…ゾンビが怖くないの?いいなーってどういう意味なんだろう、とか余計なことまで考えてしまう。それが「ゾンビを倒すのに便利だから」って理由だったらと思うと、自分が情けなくなる。
っていうか、えりちんが高尾たちのことを知らないようだったんだけど、なんで?えりちんは帝光の時マネージャーをやっていて、高尾は中学の頃にはもう試合に出るような選手だったはず。えりちんはさっちんと一緒で、情報収集は得意だったし記憶力もいい。高校からマネージャーをやってないとはいえ、高尾のことを知らないなんてこと…あるのかな。
どうして、胸騒ぎがするんだろう?
「……ナースステーションの前に何かいる」
「え?」
────クチャ…クチャ…
えりちんがゾンビの気配を感じてみんなを一旦立ち止まらせる。みんなが耳をすませると、くちゃくちゃという水分の多いものを食べている音が聞こえた。
考え事をしながらなんて危険だよね、えりちんが止めてくれなかったら気づかなかった。考え事をするのはもうやめよう。考えすぎってのは良くないよ。
「何か、食べてる音…?」
「……人だよ」
「うっ!」
「人……っ」
えりちんがこの音が人を食べている音だと教えてくれる。今聞こえてくるこの音が人を食べている音なんだと思うと胃から込み上げてくるものがあった。みんなも同じようで殆どが口を手で塞いでいる。なんで人を食べてるんだろう…
「食べられてるのがバスケ部の誰か、じゃなければいいけど」
「なんで室ちんは大丈夫なワケ?頭おかしいの?」
「失礼だな…。現実を受け入れてるだけだ。俺だって知らない誰かであってほしい。知らない人だったらいいってわけじゃないけど」
「……俺も、覚悟決めなきゃってことだね」
「甘い考えは捨てるべきだと思う」
「ん、そだね」
室ちんがあまりにも動じてないから頭おかしいんじゃないかって思ったけど、俺たちの覚悟が足りてないだけだった。全員無傷で脱出なんて夢物語にすぎない。そんなの絶対にありえない。そう思ってても本当の意味ではまだ受け入れられてなかったんだ。
誰かが感染して、誰かがゾンビになって、それを殺す。仲間が殺される。そうなって欲しくないけど、覚悟は必要だよね。どんな時でも冷静になってないと、自分が死んじゃう。
「多分、ゾンビは1体じゃない。本当なら避けて通りたいとこだけど、ナースステーションのドアの前にいるから倒す必要がある。」
「どうするの、えりちん」
「私が行く。数体程度なら1人で十分」
そう言って走って音のする方へ行ってしまった。邪魔になってはいけないと思って、えりちんと距離をとって後を追った。走っているのにあまり足音がしていない、慣れてるんだ、そーゆーことも。それになんだか、人の気配さえも感じないような気がした。生き残る為にこの場所で身につけたスキルってことなんだろうね。
俺たちがいた場所から一つ目の曲がり角を曲がったところにナースステーションがあって、その入口の前には人を食べているゾンビ3体。そして、ゾンビを見据えるえりちん。
「…………よかった、ユニフォームが違う」
ボソッと呟いたえりちんは3発的確にゾンビの頭を撃ち抜き、あっさりと殺した。やつらはえりちんに気づいていなかったようで、振り向きもせず必死に人間の肉を食べていた。それほどえりちんの気配を消すっていうスキルが完璧だったってことだろうね。
食べられていた死体も、えりちんによって殺されたゾンビも全く知らない赤の他人だったことに安心する。人が死んでるってだけでかなりメンタルにくるものがあるけど、それでも知り合いじゃないだけましだ。
「彼女、相当慣れてるね」
「……うん」
「アツシ、もしここを脱出出来たら。何処か連れて行ってやれ」
「え?」
「……えりなちゃんはもう絶望を沢山見て来た。俺たちが来たことで、もっと絶望した顔をしたという事は、生きてここを出るということを半ば諦めてるってことだ。…希望を見い出せないと言ってもいいかもしれない。」
「そうね…、動揺しなさすぎだもの。4日くらいここにいたら、ああなるのかしらね。…そろそろえりなちゃんも、希望を見ていいころなんじゃない?」
室ちんがそれ言う?とは思った。動揺してないのは室ちんも一緒じゃん。でも、えりなは異常だ。えりちんはどちらかといえば泣き虫だし、天然っぽくて、今のえりちんとは少し違う。動揺をしない、ということは、やっぱり何かを諦めている気がする。諦めて、すべて受け止めているように感じてしまう。そうじゃないと思いたいけど、えりちんは「ゾンビになったら殺してほしい」って言っていた。自分がゾンビになったことのことまで考えてるのは、やっぱり脱出することをか、生きること、もしかしたら両方を諦めているんだと思う。
もしかして、俺が今感じているこの違和感はそんな慣れがどうとかっていう話じゃねーのかもしんない。あーやだやだ、面倒。
………あ、そうだ。
「えりちん」
「ん?」
死体から弾を見つけたのか拾ってから俺に向き合うと、こてんと首を傾げた。それはいつも通りで、違うのは、目の奥にある濁り。
「……ここ出たらさ」
「うん?」
「俺の家おいで」
「へ?」
「前に約束したことあったよね、いつも俺にお菓子作ってくれるから今度は俺が作ってあげるって。帝光の時は色々あって出来なかったし、寮じゃ設備が不十分だったから作ってあげらんなかったけど…、ここ出て俺の家に来たら、えりちんにだけに特別なケーキ焼いてあげる」
「……敦、くん…」
「…そしたら遊園地に行こう、この間出来たっていうショッピングモールにも行こう。ううん、えりちんが行きたい場所どこにだって連れて行ってあげるよ」
そう言って小さな手を両手で握る。
その手はいつもよりずっと小さく感じた。やっぱり無理をしていたようで、カタカタと少しだけ震えている。
「敦、くんと……どこか出かけたい。いっぱい、笑って…いっぱい、話がしたいよ」
「…だから、ね……一緒にがんばろー」
「……うん」
「…諦めちゃダメー、俺らつえーし、今はえりちんの方がつえーかもしんねぇけど。でも、すぐ追い抜くし。…そしたら、えりちんのこと楽させてあげれる。それまで、待ってて」
「うん…」
ここに来て初めて、えりちんの本当の笑顔を見た気がした。目には少しだけだけど、光が戻ってきていて、ほっと胸を撫で下ろす。
でも、なんだろう…この拭い切れない、ナニカは。違和感が拭いきれない。なんで…?
「アツシ!!えりなちゃん!危ない…!!!」
焦った室ちんの声。
…えりちんの目線に合わせてたから気づかなかった。室ちんたちも俺たちを見ていたから気付くのが遅くなった。10体近くの、ゾンビがすぐそこまで迫っていた。えりちんの銃声に反応してここまで来てた?!
「敦くん、大丈夫だよ。何も怖くないよ」
「えりちん…、うん。室ちーん、ここは俺とえりちんに任せてナースステーション入っててー。中にもいるかもしんないから、そっち頼んだ。」
「なっ、何を…!!」
「こういう時のためのショットガンっしょ」
これくらいで逃げてる場合じゃない。えりちんを守って、一緒にここから出るって決めたんだ。室ちんは俺たちと一緒に戦おうとしてくれたけど、必要ないって断る。納得がいかないって顔をしてたけど、俺の覚悟を受け取ってくれたのか力強く頷いてくれた。
「……わかった、頼んだよアツシ、えりなちゃん。みんな行こう」
「紫原、えりな、気を付けろよ」
「大輝くんこそ!ナースステーションにだってゾンビがいるかもしれないんだから、油断しないでよね!」
「言ってろ」
みんながナースステーションに入ってく中、俺とえりちんはショットガンを構えた。中に探しているメンバーがいるなら3階に連れて帰らなきゃいけない。その為には少しでもゾンビの数を減らす必要がある。
ここで減らさなきゃ、みんなを襲うかもしれない。必ず倒す。まだ銃を撃ったことはなかったけど、もう迷わない。
「ヒネリ潰してやる」
構えていたショットガンをゾンビに向かって撃つ。散弾銃というだけあって、外すことはない。
撃ったときの肩への反動がすごい。俺でもよろけてしまいそうなほどだった。でも、どんなものか今の1発で理解したしもう大丈夫。
「ね、敦くん。大丈夫だったでしょ?」
「うん、まぁ、思ってたよりね」
誰かも知らないゾンビ。
知らないからといって殺していいわけじゃない。だけど、俺が撃つたびにゾンビたちが救われると信じてる。
もう人なんて襲わなくてもいいように。
「それくらい、許してよね」
希望は彼方へ