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□トリックスターは笑えない
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 この世に生まれ落ちてから、一体私はどれくらい嘘をついて来ただろう。保身のために、或いは誰かを守るために、どれくらい嘘をついて虚構の真実を塗り固めて来ただろう。

 嘘の度合いにも寄るけどさ、音無はどちらかと言うとすぐ分かる嘘をついて身を守るよね。と、昔誰かに言われたことがある。見抜かれたようで、私の生き方を見透かされたようであの時の私は上手く笑えなかった。やだなぁそんなことないですよとにこやかに言ったって、きっとそれすら嘘だと見破られる。それが怖かった。怖くて怖くて、私の嘘なんて微々たるものだと自分の心にまた嘘をついた。(降り積もる塵のように小さな嘘は私をその場に固定する。やがてその塵は私の呼吸を奪い、喉を締め付け、緩やかに私を殺していくとも知らずに。)



「そう言ったのはマックス?」
「あー、たぶんそうですねぇ。松野先輩、何だかんだ言って鋭いから」
「で、いたいけな中学生だった音無は狼狽えてしまったと」
「若かったんですね、たぶん。」
「今も充分若いだろうに」

 クスクスと笑う彼は10年前とさほど変わらない、寧ろ10年前よりより艶やかに伸びた空色の髪を弄んでいる。そんな姿を見ると、その鬱陶しい髪を切ればいいのにと思う一方で、情事中の顰められた眉と私に降りかかるその長い髪のコントラストが捨て難くもあるので結局は何も言えない。要するに私は、彼のこの空色の髪がとても好きなのだ。

「まぁ、音無は比較的すぐ嘘をつくよな」
「そんなことないです」
「ほら、また嘘」
「私の嘘は誰かを傷付けたりしない嘘だから良いんですよーだ」
「塵も積もればなんとやら」
「そういう風丸先輩だって嘘つきじゃないですか」
「俺の嘘は他人に向けてない、自分の心につく嘘だよ」
「私のは?」
「音無のはあれだろ、保身。いてっ!」

 音を立てて自己主張する心臓が煩わしくて、考える前に剥き出しの彼の背中にビンタを入れていた。ばしんという乾いた音が天井まで届き、見れば彼の背中には私の手形がくっきりと残っている。

「あぁ、すみません。つい」
「ついのレベルじゃないだろこれ…」
「いやだって風丸先輩が酷いこと言うから」
「だってホントのことじゃないかってうわ、よせ!脇腹はナシ!」
「そうはいきません」

 じゃれるようにベッドの上を転がって、何気なく彼の背中の赤いモミジに唇を落とす。ヒリヒリしてそうで、労るようにぺろりと舐めると「お前は天然の誘い受けか」と鼻を摘まれた。

「スイッチ入っちゃいましたか」
「分かっててやったくせに何言ってるんだ」
「そんなことないです」
「嘘つけ」

 素肌に触れた彼の纏め上げられた髪が心地よくて、猫が喉を鳴らすようにすり寄る。ああ、好きだなぁこの空色の髪。出来る事なら切って欲しいけど、やっぱり切って欲しくないんだよなぁ。(因みに何故切って欲しいのかというと、彼が明らかに私より美人な女性に見えるから。別に嫉妬とかじゃないけど。)
 掬い上げた一房に唇を落とせば私と同じシャンプーの匂いがして、それだけでとろけそうなくらい甘く痺れた。

「風丸先輩、好きですよ」
「はは、またそんな調子良いこと言って…音無が好きなのは俺の髪だけだったりして」
「そんなこと……はは、」

 続かない言葉は何を意味したのか。詰まった喉はいくら声を発しようと音にならなくて、固まった笑みを顔に貼り付け目を見開いたまま私は呼吸することを諦めた。
 彼の片方だけ見える瞳に映る私はまるで人形のようで、そんな私を瞳に映した彼もまた死体のように青ざめていた。














トリックスターは笑えない
(塵は積もりて山となる。)




*

+10風春でシリアス気味というか終わりがぶっつん。


20110921

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