inzm

□幸福な食卓を君と彩る。
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「ただいまー」
「おう」
「わ、なんかすごい良い匂いしてますね」
「いつもより良い肉買ったからな」
「え、今日なんかありましたっけ?」

 きょとんとオレを見返す音無は、今朝のことなどすっかり忘れたかのように寛いでいる。流石というか、なんというか。
 オレは溜め息をつきたくなるのを抑え、音無リクエストの所謂「最後の晩餐」を卓に運んだ。
 さあ不動明王、言うなら今だ。食事しながら何気なく「オレ、お前と別れるわ」って、さらっと。そう、ちょっとコンビニ行ってくるわみたいなノリで軽く。

「わーい、いただきまーす」
「おう」
「あ、おいっしい!今日の味噌汁は特別美味しいですね」
「…まぁ、リクエストされたしな。……あー…あのよ、」
「ん?」
「…オレ、お前と」
「別れるなんてしませんから。」
「は、」

 驚いて見ると音無はもぐもぐとオレの作った煮物を咀嚼していた。そしてそれを充分味わって、また味噌汁を口に含んで一息ついてから言葉を続ける。

「お兄ちゃんに何言われたかは大体見当ついてます。不動さんは自分がヒモでプーなのを気にして、いつもなら気にならないような言葉も胸に刺さったんですよね」
「ちが、これはオレの意志で」
「そこに私の意志は?」
「…ない、けどオレはお前の言う通りヒモでプーで」
「甲斐性がなくて稼ぎもないんですよね」
「おい」
「でも私は、そんな不動さんだからいいんです。」

 ことりと箸を置いた音無は、真っ直ぐにオレを見つめて微笑む。音無の瞳はどこまでも澄んでいて嘘がない。嘘がないというのは、良い事ばかりじゃない。ある意味最も残酷だ。
 わかってるのに。守ってなんかやれないのに、寄生して依存して堕ちてゆくばかりなのに、オレはこいつを望んでる。こいつもオレを望んでる。

「不動さん、私不動さんの作る味噌汁が大好きです。」
「……馬鹿じゃねぇの」
「明日は浅利の味噌汁がいいなぁ」
「…浅利買ってねぇよ」
「じゃあ明日の夜にしましょう。ね?」
「……馬鹿じゃねぇの、お前、やっぱ馬鹿だ。オレなんか、…オレ、なんか」
「なんかは言わない。…私は、そんな不動さんだから一緒にいるんです。」
「…お前がどんだけ言ってももう無理なんだよ。…オレはお前の負担になりたくねぇ」
「負担になんかなってません。今までだってこれからだって、不動さんの存在は負担じゃない。」
「なんで言い切れる」
「好きだから」
「、」

 冗談抜きにこいつは曲者だ。なんでこんな時まで自分の意見を曲げないんだろう。いつもいつも、なんでオレが必死に保っている意志をぐらつかせるんだろう。
 鬼道くんに言われなくてもわかってる。オレの存在はこいつの負担でしかない。それなのに、それなのに。(泣きそうなくらい愛しくて仕方がない。)

「…不動さんは私が嫌いですか」
「…嫌いなら一緒に居ねぇよ」
「はは、そりゃそうですね」
「…大馬鹿だ、オレもお前も」
「でしょうね。…でも私、後悔なんてしてませんから。」

 だからこれからも私のために味噌汁を作ってくれませんかと言って笑った音無の目には涙が浮かんでいて、オレはこいつのためなら食卓を彩るのも悪くはないと思ってしまった。
 不本意ながら、明日の晩餐に浅利の味噌汁が加わったのは言うまでもない。














幸福な食卓を君と彩る。
(だからキミを、嫁にください。)


*


遅くなりましたが音無先生の宿題です。
長すぎて2ページ目まで及んでしまいました^^;
ここまでお付き合い下さった皆さん、ありがとうございました。

20110807
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