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□神様、あの子がほしい
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 二人が出会って笑って話して好意を抱いてまた会いたくなって「すき」を自覚して恋を知って告白して付き合って電話してメールしてデートして手を繋いでキスして笑い合ってエッチして愛を知ってキスして喧嘩して泣いて怒って笑って仲直りのキスして触れ合って微笑んで、そうして。そうして、その長い長い道程を二人で歩んだからこその未来があるわけで。迷うことなんて何もない。何もないのに不安になるのはどうしてだろう。「何もない」から不安になるのだろうか。

「…ごめんなさい」
「え、」
「お受け出来ません」
「ちょ、ちょっと待って。…なんで?」
「……」
「…何か理由がある、の?」
「いえ、…ただ、」
「ただ?」
「…吹雪さんとの未来には、希望が持てません」
「わ、わー…」
「…ごめんなさい。」

 断ってごめんなさい。正直でごめんなさい。ただこれは私の本心であって嘘ではない。だって、どうして今の私たちに光輝く未来を想像出来る?教師成り立ての私と、日雇いバイトを繰り返すあなた。どう考えてもこのタイミングでの「結婚」は無理だ。無理なんだよ吹雪さん。いくらあなたが望んでも、いくら私の中に眠る新たな生命が望んでも。

「…じゃあお腹の子はどうするの」
「…堕ろします。」
「なっ!?」
「だってそれしかないでしょう?…吹雪さん、よく考えて下さい。」
「考えてるよ。考えたから結婚しようって、」
「無茶言わないで!!」
「、」

 ああ。…ああ。本当にどうしてなんだろう。どうして今なんだろう。どうして私たちなんだろう。幸せになんかできっこないのに、どうして。もっと他の裕福なお家に行っくれたら良かったのに、どうして。

「…この子が生まれるっていうのは、育てなきゃいけないんです」
「知ってるよ、そんなこと」
「子どもを育てるのはペットや植物のそれとは違うんですよ」
「それもわかってる」
「だったら!」

 …だったら、お願いだから私の意見に従ってよ。今ならまだ間に合うの。逆に言うと今しか駄目なの。この子が自我を持つ前に、この子が世界を知る前に。早くしないと、可哀想じゃないか。(この子が?それとも私が?)

「…わかってよ。わかってよ吹雪さん。駄目なんです無理なんです無茶なんです今の私たちじゃ!…今の私たちじゃ、この子を幸せにしてあげられない……」

 消え入りそうになる声を、喉を押し潰して絞り出す。鼻の奥がツンとして涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えて彼を見た。彼は真っ直ぐに、穏やかな瞳を私に向けている。

「…僕はそんなに頼りない?」
「はい。」
「はは…正直だね」
「でも好きなんです。私は今のこの生活が、吹雪さんと過ごす日常が。」
「僕も好きだよ」
「…私は、その幸せを壊してしまうかもしれないこの子が怖い。」

 まだ何も変化の見られない下腹部が愛しくて恐ろしかった。私にとってこの子は、私と吹雪さんの愛の形であるのと同時に生活破綻の象徴だ。

「…僕は」
「…僕は?」
「怖いけど、やっぱりどうしたって愛しいよ。僕の遺伝子と春奈さんの遺伝子が重なってここに居るんだと思うと、泣きたくなるくらい愛おしい。」

 そっと、壊れ物を扱うように私の下腹部に手を添える吹雪さん。そんな彼が愛しくて、温かい下腹部が哀しくて、堪えていた想いが堰を切ったように溢れ出す。

「…わたしだって、…わたし、だって」

 私だって本心では産みたいよ。早く出ておいで、パパとママはあなたを待ってるよって、言ってあげられたらどんなに。
 続かない言葉の代わりに零れ落ちた滴は、ぽとりと彼の手を濡らす。熱くなった目頭はそれを確認することなく新たな塩水で私の双眸を潤わせた。ぽたぽたぽたり、ぐすぐすぐすり。

「…吹雪さん、」
「うん」
「わたし、」
「うん」
「…この子に、会いたい…」
「うん、僕も早く会いたいなぁ」

 吹雪さんは止まらない私の涙を優しく拭うと、へにゃりと笑う。あぁきっと、お腹の子は彼に似て優しい笑顔をするんだろうなぁとぼんやり想像したら愛しくなって、また泣けてきたのは言うまでもない。


 二人が出会って笑って話して恋を知って愛を知って微笑んで、そうして。そうして私たちはそこから進む。新たな道を二人で選んで迷ってそうやって、今度は三人で手を取り合って歩くのだろう。


神様、あの子がほしい
(それはきっと、何よりも愛おしい。)


*

キヨさん100000hitおめでとうございます…!
拙いですが、心を込めて書かせて頂きました。
これからもずっと応援しています。

20110718 梅擬き/いもこ

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