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□その笑顔に泣きたくなる。
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 私は私が異常者だとは思わない。だから異常者なのは周りの人間だ。周りはみんな異常者だ、気狂いだ。私からお兄ちゃんを引き離そうとするそんなやつら、みんな死んでしまえばいいのに。

「人間は遺伝子の構造上親族に恋愛感情を抱かないようになってるんですって。」
「へぇ」
「でもね、それは幼い頃から一緒に暮らしてきて、嫌な部分や汚い部分も見てる人たちに限るんです。」
「ふぅん」
「だから私とお兄ちゃんみたいに離れて暮らしてた兄妹が、…妹が兄に恋愛感情を抱いても、ちっとも不思議はないんですよ。」
「そうかよ」
「そうです。」

 自分に言い聞かせるみたいに大きく頷いて微笑みを向ける。彼はそんな私を、哀れなものを見るような眼で見返した。(きっと私のことを頭のイカれた可哀想な子だとでも思ってるんだろう。同じ人種なくせに、よくそんな態度が取れたものだ。)

「…じゃあおまえは行かないわけね」
「行きますよ。私宛に届いた招待状は燃やしちゃったから、不動さんの付き添いとして。」
「おい」

 数週間前、郵便受けに入っていたお兄ちゃんからの葉書。メールや電話、直接会ったりは時々するけど葉書はお正月以来で、私は嬉しくって飛び跳ねそうな勢いのままその洒落た葉書に目を落とした。
 そして私の時は、そこで止まった。

「あの鬼道くんが…『結婚します』、ねぇ」
「それは何かの間違いなんです。エイプリル・フールかなんかと間違えたんですよきっと。」
「直接会って話まで聞きに行ったのに?オレが付き合ってやったあの日は幻かよ」
「あの日は3人で楽しく飲んだんじゃないですか。」
「『嫁』も来てただろうが」
「いませんそんな人。」
「お前な…」

 呆れ顔で不動さんは私を見る。だけどそんなあなたが、お兄ちゃんに密かに友情ではない良からぬ劣情を抱いていたことを私は知っている。(別に否定するわけじゃない。だってお兄ちゃんはそれだけ素敵なんだから。)
 くしゃくしゃになった招待状をズボンのポケットから取り出した不動さんは、溜め息を付きながら私にそれを手渡した。

「今度は燃やすなよ」
「なんでしわくちゃなんですかね、これ。」
「うるせぇ黙れ」

 私の頭を小突く不動さん。きっと彼は彼なりに心の中がささくれ立ったんだろう。少なくとも葉書を握り潰すくらいには。私は吃驚しすぎて思わず燃やしてしまったけれど。
 思い出すだけで吐き気がしそうだ。お兄ちゃんが私以外の誰かを一番に想う日が来るなんて、お兄ちゃんが私以外の誰かに触れる日が来るなんて、お兄ちゃんが私以外の誰かとの子どもを、(…駄目だ。想像しただけで人殺しになれそう。甥っ子なんていらない。姪っ子なんてもっといらない。そもそも嫁なんて存在しなくていい。)

「…どうして私じゃ駄目なんでしょう。」
「お前が妹だからだろ」
「じゃあ不動さんは男だから駄目なんですね。」
「うるせぇ黙れ」
「やだな冗談なのに。」
「…どっちにしろ無理なんだよ」

 ああ、悲しいなぁ。悔しいなぁ。不動さんがしょんぼりしてるのを見るのは辛いなぁ。(どうして私じゃないの、なんてことは言わないけれど。認めたくはないけれど、諦めはついてるんだ。)

「不動さん。」
「なんだよ」
「不動さんがバイなら良かったのに。」
「…そだな」

 おニートな彼は煙草に火を付けて、諦めたように軽く笑う。くゆらせた煙は宙に浮いて見えなくなった。













その笑顔に泣きたくなる。
(あなたは狡い。)



*

意味不な不春。
不動はあくまで鬼道が好きで、春奈のことは恋愛対象に出来ない感じ。

鬼道さんの嫁は個人的に塔子か夏未希望

20110713

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