treasure

□可憐を脱いだ少女
1ページ/1ページ

※春奈が獣
※ちょっと注意
※中世くらいのヨーロッパが舞台っぽい

重なりあっていた唇をそうっと離すと、視界に飛び込んできたのは少女の物憂げに伏せられた瞳だったので、嫌だったかと尋ねると、やはり少女は現から離脱したような表情で首を横に振った。どこか人形にも似たその顔には嫌悪の色こそ浮かんでいないが、また悦びも窺えはしなかった。
「お腹、減ってないの?……と言っても、対したものは出せないけど」
木製のチープな椅子に腰掛け、少女はやはりゆるやかにかぶりを振るのだ。膝元で綺麗に揃えられた両手の指が、ワンピースの裾をきゅっと握り込んだ。
立向居は困惑していた。
身元も知らぬ少女を、買収人から無償で引き取ったはいいが、いかんせんこの少女は何も喋らない。名前は春奈、というらしいが、実際立向居も少女については名しか知らないのだった。買収人に口を割らぬようしつけられているのだろうか。春奈の首でじゃらじゃらと音をたてる鉄の首輪と、それから伸びる鎖を見つめて、立向居はそんなことを考えた。春奈は相変わらず顔をうつ向け、自分の身を案じてくれた恩人には見向きもしない。
いったいどうしたものか。立向居は頭を抱え込んだ。助けてやったのに、と春奈を倦んでいる半面で、沸き立ってくる庇護欲が立向居の尖った心を沈下させていく。もとからそのような性質があるのか、ただ単に立向居を警戒しての行動なのか。
(参ったなあ)
苦い呟きも喉の先には出てこない。沈黙を貫き通す春奈の様子をちらと盗み見ると、此方をじっと凝視するつぶらな視線とぶつかった。
「……美味しそう」
「……は?」
「あなた、とても、美味しそうね」
ゆらり、細く締まった若い身体を起立し、にっこりと微笑んだ春奈の瞳が爛々と輝く。その持ち上がった口角から覗く鋭い犬歯に、立向居は背筋が粟立つのを感じた。
「わたし、狼少女なんですよ」
なんだそれは。聞いていない。春奈の、ぼろぼろに綻んだ長い布の下からばさりと姿を現した尾に、立向居は思わず自らの目を疑った。
(化け物……!?だからただで寄越したのか……)
忌まわしい買収人の営業スマイルが脳裏に蘇る。
しかし、今は買収人などどうだっていい。自分はこの狼に食われてしまうのかもしれないのだから。玄関に逃げ出した立向居を追って春奈がじりじりと間合いを詰めてくる。
ロックを解除すればよいものを、ドアノブをやたらと鳴らして脱出を試みる立向居の背後に、影が覆い被さる。
「いただきます、」
舌なめずりをした春奈の華奢な腕が伸びてくる。それらをかわす隙もないまま、がっちりと両手を捉えられた立向居に馬乗りになった春奈が、焦燥で赤らんだ頬をぺろりと一舐めした。

――――――――――

0704
可憐を脱いだ少女

title by『酸素』


ゆうみんさん素敵な作品をありがとうございました…!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ