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□橙色のハンカチーフ
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 私こと音無春奈は花も恥じらう23歳独身。今は夢だった教師として働き始め、忙しくも心身ともに充実した日々を送っている。(ちなみに恋人はいない。出来たことはあるけど、今は偶然いないのだ、偶然!)
 さて。そんな私にはつい最近ある頭の痛いことが起きた。


「オレ、音無先生が好きです」
「……へ?」

 つい先日、10も年下の生徒に告白されてしまったのだ。(最近の子はなんてマセてるんだろう!)

「…ありがと、神童くん。先生も好きよ、神童くんみたいな優等生。」
「…そういう意味で言ったのではありません。」

 そんなの言われなくてもわかる。目を見れば、その人がどれほど真剣かなんてすぐに。
 神童くんは依然として私から視線を逸らさない。私はその深い灰の瞳に自分が映り込んでいるのに、不本意ながら怯んだ。なんて真っ直ぐなんだろう、この子は。(でも、だからこそ私は気付いちゃいけない。というかこれじゃなんだ、私が犯罪に近いことをしてるみたいじゃないか。)
 ここは教師として、いや、一人の大人としてこの子に誠意を持ってきっぱり答えなければ。

「…先生」
「ごめんね、先生子どもには興味ないの」
「あと5年もすれば立派な大人になります」
「18歳は大人じゃないわ」
「じゃあ7年待って下さい。そうすれば成人して大人になります。」
「ごめんね、無理よ。」

 少しだけ微笑んで、有無を言わせない。(ごめんね神童くん。私は大人で、汚いことだって知ってるの。こんな断り方、ホントはいけないのにね。)
 だけど神童くんは私から視線を外さなかった。今にも泣きそうなくらい、瞳は不安定な色合いだったけれども。
 何も言わず唇を引き結んで涙を堪える彼は、まだまだ可愛い盛りの男の子だ。私なんかには眩しいくらい、尊いと思う。

「…どうして先生は先生なんですか」
「…みんなに、大切なことを学んでもらいたかったから。…かな」
「わかってます。先生が先生じゃなかったら会えなかっただろうことも、…先生が先生だから、好きになったんだってことも」
「うん。…ありがとう、神童くん。優しいね」

 泣くまいとしていた神童くんの頭を撫でてやると、彼は嘘みたいにポロポロと涙を零してしまった。(ああ、きっとたくさんの勇気とたくさんの不安とたくさんの想いを込めていたのだろう。ごめんね、ありがとう、絶望しか与えてあげられない私を許してね。)
 私はポケットにしまっていたハンカチを彼に渡して、そっと傍を離れる。窓から見た景色は既に橙色で、綺麗に雲が棚引いていた。(きっと明日も最高のサッカー日和だ。)

「明日も部活、頑張ろうね」
「…はい。」
「……それ、あげるわ。餞別に。」
「…ありがとう、ございます。………先生は、いつまでもオレの憧れの人です。」
「…ありがとう。」

 優しく笑った神童くんの目元は夕陽に照らされて光っていた。(それを愛しく思う私は、きっと今日で最後だろう。)









橙色のハンカチーフ
(君があと5歳上で、私が5歳若かったなら。)
(空しい想像は、どこまでいっても悲しいだけだった。)


*

拓春です。
たっくんの片想いで私得でした。

20110701

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